70.そんなことを言われましても
こうべを垂れてガックリ肩を落としている陛下を一瞥し、テオフィル様は深いため息をつきました。
「こういう事情で、ドワイアン夫人は陛下の庶子だ。僕にとっても腹違いの妹だね。
君の瞳は、僕たちより薄いけれど、綺麗な緑色だ」
陛下たちよりも、かなり薄い緑です。
そういえば、家族に同じ瞳の色をした人がいないので、疑問に思ったことがありました。
マリアンヌ母様に聞いたところ、先祖にそういう人がいたのよと言われて、納得していたのですが……違うのかぁ。
テオフィル様が注目を集めるようにトントンっとテーブルを指で叩きます。
「陛下もコウトナー卿も、もしもの時のため、後ろ盾になれる上級貴族に君を嫁がせた方がいいとお考えだった。
そんな時、クラウスとアンジェリカの婚約が破棄。
男爵令嬢の君がドワイアン家に嫁いだとしても、不自然ではなかった。
そこで、ドワイアン家に君との婚姻を打診したというわけだよ」
私が辺境伯家に嫁いだのには、そんな裏があったのですね。
もちろん、王家と辺境伯家の繋がりを強めるためもあったのでしょう。
ドワイアン辺境伯家からの婚約の打診を断れない家は、たくさんあります。
なぜ、うちなのかとちょっと疑問だったので、それが解消しました。
納得していない様子のクラウス様が、お義父様に尋ねます。
「父上は、全てご存知だったんですか?」
「ん? そうだよ。最初に打診された時は迷ったんだけどね。でも、レティシアちゃんの社交界デビューの時、彼女を初めて見て気に入っちゃったんだ」
気に入っていただけたのは嬉しいですが、軽い。場にそぐわぬ軽さですお義父様。
「何、クラウスは僕の妹に不満でもあるの?」
揶揄うような口ぶりの王太子殿下。妹と言われて、ものすごく違和感があります。
「そ、そういうわけではありません。ただ、なぜ私に話していただけなかったのかと。
いや、私だけではなく、妻も知らなかったようですし……」
クラウス様の視線を感じて、そういえばそうだなと思いました。私に話しづらいのは理解できますが、クラウス様には、お伝えしても良かったのでは?
うつむいたまま動かずにいた陛下が、そろそろと顔をあげました。
「レティシアが幸せに暮らしているうちは、私の娘だと話すつもりはなかったのだ。
クラウスに話せば、自分の妻にずっと隠し事をしなければならない。それは、互いにとってよくないだろう?」
自分のことで、夫に秘密を持たれるのは嫌ですね。
なにかしらの亀裂にもなりかねません。
「だが……元男爵令嬢だからと軽んじられたり、今回のように命を狙われたり。
稀だろうが、今後、絶対にないとも言い切れない。
安全のために、レティシアが私の娘だと公表しようかと考えたのだ。
もちろん、公にすることで、別の危険が発生する可能性もある。だが、正式にレティシアを守護できる。
……無理にとは言わん。これに関しては、レティシアの意思に従おうと思っている」
とても困ったことになりました。
ただでさえ、衝撃の事実に混乱しています。
出自を公表するかしないか、簡単に決められません。
「少し、お時間をいただきたいです」
それくらいのわがままなら許されるでしょうか。
「ああ、もちろんだ。ゆっくり考えてくれ」
陛下のお言葉をありがたくちょうだいし、私には考える時間が与えられました。