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67.罪の波紋

 陛下は、まるで子供に言い聞かせるように、メンブラード卿にゆっくりとした口調で語りかけます。


「これ以上、見苦しい真似はやめなさい。ここにハッキリとした証拠がある。君の罪は明らかだ。

 素直に罪を認めるなら、君の矜持を傷つけないよう取り計らう。だが、あくまでもシラを切るというのなら……最後の誇りすら奪うことになるよ」


 絶対的王者の風格。

 ゾクリと背中が寒くなります。優しそうに見えても、一国の主です。

 威圧感が半端ではありません。

 ちょっと怖くて、手が震えました。


「へ……いか……」

「レティシア・ドワイアンの殺害を依頼したのも君だね?」


 メンブラード卿に憎々しげな視線を向けられ、身がすくみます。

 隣に座っていたクラウス様が、そっと手を握ってくれたので、気が楽になりました。


「……たかが、男爵令嬢一人の命がなんだというのですか。運良くクラウス・ドワイアンの妻になっただけの小娘ではないですか!」


 あまりにも残酷な発言に、私は一瞬、思考が追いつきませんでした。

 なんたる言い草ですか!

 これでも意思のある人間です。とっても傷つくんですよ。

 一言文句を言ってやろうか!


 ダンっと音を立てて立ち上がったのは、クラウス様。今にも襲いかからんばかりに身を乗り出しています。


「貴様!! 私の妻を愚弄する気か! 陛下の御前でなければ、剣の(さび)にしてくれるものを!」

「く、クラウス様!」


 力の限り、彼の腕にしがみつきます。

 そもそも刃物は持ち込み禁止です。物騒なことを言わないでください!

 もう、こんなんばっかりです! 私にも文句を言わせて下さい! なんでいつも止める役なんですか!?


 ただならぬ空気の中、ふっふっふっと不敵な笑い声。

 いったい誰がこの状況で笑っているのかと思えば、陛下が愉快そうに口角を上げています。

 そんな場合じゃ、ありませんよね!?


「そう。じゃあ、彼女の殺害依頼を認めるんだね。わかったよ。君には、きちんと罪を償ってもらう」


 スッと立ち上がった陛下は、メンブラード卿に、凍てつくような眼差しを送ります。


「……メンブラード卿、君は()の逆鱗に触れた。ただで済むと思わないことだ……連れて行け!!」


 扉の前で警護をしていた兵士たちが一斉に動き出しました。


「は、離せ!!」


 暴れだすメンブラード卿。

 一切の容赦なく、兵士たちは彼を取り囲んで連れて行きました。


 呆然とそれを見送っていると、これまで静観していたテオフィル様が、何事もなかったように喋り始めます。


「とりあえず、皆さん座ったらどうかな?」


 戸惑いつつお互いに視線を合わせながら、私とクラウス様は席に座ります。それを見た陛下も腰を下ろしました。


「さて、ノエル。今回はよく決断してくれたね。ありがとう」


 口ぶりから察するに、テオフィル様はメンブラード卿の不正を暴くために、ノエル様に接触していたのかもしれません。


「……いえ、遅すぎるくらいでした。

 ……ドワイアン夫人、父のしたことは許されることではありません。申し訳ございませんでした」


 憔悴(しょうすい)しきったノエル様は、深く頭を下げます。……父親の罪は、子供には関係がないと思います。

 お義父様が、顎を触りながらノエル様に尋ねました。


「やはり、君の父上は、レティシアちゃんを害して、自分の娘をクラウスの妻にあてがおうとしていたのかな?」

「おそらく、そうではないかと……。父は、権力欲の強い人でした。辺境伯家との繋がりは、家の権威を高めることになりますから」


 それで、命を狙われた方は、たまったものではありません。そんなに権力が欲しいのですか? いや、ないよりはあった方がいいんでしょうが、人の命より大事ですか!?

 命大事に!


「言い訳をするつもりはないのですが……父も可哀想な人なんです」

「というと?」

「もともと、父には兄がいて、正統な侯爵家の跡継ぎは伯父だったんです。伯父はとても優れた人で、幼少期から比べられて育ったと。

 ところが、若くして事故で亡くなり、跡継ぎが伯父から父に。そればかりか、私の母も元々は、伯父の婚約者で……。

 父はずっと伯父より上だと認められたかったんだと思います。

 父のしていることは、薄々気が付いていました。けれど裏切る決心がなかなか付かず。そのせいで、多くの人が傷ついた。見て見ぬ振りをしていた私も許されないと思っています」


 心憂い沈んだ表情のノエル様は、すっかり自己嫌悪に陥っているようです。父親を切り捨てる決意など、なかなかできるものではありません。

 彼は決心したように、まっすぐと陛下に視線を向けました。


「我がメンブラード家に対する処罰は、謹んでお受けいたします」

「……それについては、メンブラード卿からも事情聴取して、あらためて沙汰を出す」


 なんの言葉を返すこともなく、ノエル様は深々と頭を下げます。

 許可を受けた後、静かに退出なされました。


 メンブラード卿に対して許せないという気持ちはもちろんありますが……そのせいで、奥さんや子供さんが罪を背負って生きていかなければならないというのが、何とも……モヤモヤします。

 せめて、心穏やかに過ごせるといいのですが。

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