66.追いつめる
私たちが着席した後、男性が2人、部屋に入って来ました。
彼らは、深く頭を下げます。
「メンブラード候モルガン。そして、ノエル卿。顔をあげなさい」
陛下のお言葉に従い、顔をあげたメンブラード卿。想像よりもずっと普通の男性です。中肉中背、特に目立つ容姿でもなく、特徴といえば、少し頬骨が出っ張っているくらい。
「ご無沙汰しております、陛下。殿下。
それから……珍しい方々がいらっしゃいますね」
彼が私たちに視線を滑らせると、お義父様はそれに応えます。
「ご無沙汰しております。メンブラード卿」
「ええ。お噂だけは耳に入っておりましたが、お元気そうで何よりです」
なだらかな口調のわりには、空気はピリリと張り詰めています。
「席についてくれ」
メンブラード卿は、私たちから見て、正面の席に座りました。
彼の隣にいるのが、ノエル・メンブラード。クラウス様と同年代でしょう。
侯爵家の嫡男で、父親の血を濃く受け継いだのか、2人は見た目がそっくりです。
「呼び立てたのは他でもない。王都で騒がれていた白カラスという殺し屋が、逮捕された」
メンブラード卿を観察していると、彼は白カラスという言葉に反応し、頬をピクリと動かしました。
「白カラスは、ここにいるクラウス・ドワイアンの妻であるレティシア・ドワイアンの命を狙った犯人として、捕縛された」
表情を読まれないためか、メンブラード卿は、目を糸のように細くしています。
「白カラスの証言によると、彼はメンブラード侯爵から依頼を受けたと話している」
「お待ちください」
自らの名が出た彼は、あくまで冷静さを失うことなく続けます。
「殺し屋の証言を鵜呑みにしているのですか? 私はそのようなことをした覚えはありません」
証言だけでは、彼を断罪できませんが、何食わぬ顔をしていられるのも今のうちです。
「……メンブラード卿。私が証言だけで、君をここに呼び出したと思っているのかね?」
表情ひとつ変えない陛下は、メンブラード卿を見据えています。
「陛下……?」
顔色を窺っているメンブラード卿から視線を外した陛下。目の前に積まれていた書類の一番上の用紙を手にして、それを眺めます。
「白カラスは、なかなか用意周到な男だ。
君から依頼を受けたものについて、証拠を残していたよ。
特に興味深いのは、ある商会との裏取引かな?
我が国で禁止されている薬物の売買による契約書。
うん。君の署名と捺印がしっかりとあるね。
捜査が及んでいると気がついた君は、商会幹部の殺害を白カラスに依頼し、証拠をもみ消した。
だが、白カラスが君に渡した書類は、全てではなかったということだ。
彼も自分の保険が欲しかったんだね。……君は詰めが甘いようだ。この手の証拠が他にもあるよ。……ふむ、これで何件かの殺人事件は解決しそうだ」
そう言いながら、書類の山をポンポンっと軽やかに叩きました。メンブラード卿は、顔をゆがめ、怒りをあらわにし、叫びます。
「そんなもの。白カラスの偽造です! 誰かが私を嵌めようとしている!!」
「ふむ、君の言い分も一理ある。では、これはどうかな?」
ドサっと机の上に置かれたのは、真っ黒なカバーがついた本のようなものでした。それを見たメンブラード卿の顔は、血の気が引いたようにみるみる青白くなっています。
あれは、なんですかね?
「これは、君が関与した裏取引の帳簿だ。ここに書かれたものと、白カラスから得た証拠の内容が一致しているようだが……さて、メンブラード卿、これについてはどう説明をしてくれるのかな?」
「な、なぜそれが……ここに」
震え声をもらしたメンブラード卿。
これは、なかなか言い逃れが難しいですね。
今まで一言も発しなかった彼の息子、ノエル・メンブラードが小声で呟きました。
「父上……もう、諦めてください」
その瞬間、メンブラード卿は愕然として、ノエル様を凝視します。
「おまえ……まさか!?」
「はい。私が、あの帳簿をお渡ししました」
「ち、父を裏切るのか!?」
なんと、ノエル様はこちらの味方だったのですね。
「恐ろしいことに手を染める父上を……放っておけなかったんです。これ以上、母や妹を悲しませないでください……」
そうです。家族を悲しませてはいけません。
「黙れ!! お前たちは、私の言うことを聞いていればいいんだ!!」
なんと、横暴な発言でしょうか。
「父上!!」
ノエル様の悲痛な叫びは、メンブラード卿の心には響かないようです。
「陛下! これは、なにかの間違いです!!」
ドンっと机を叩いた彼は、そう進言をしますが、これだけの証拠があるのに、誤魔化そうなどと……。
おとなしく罪を認めるがいいです!