65.木苺
泣き疲れて眠ってしまった次の日、いつもと比べて、遅い時間に目が覚めました。
そのせいか、身体が重く何もかもが億劫。
今日の休息日は、本当に助かります。
クラウス様が、朝一番に採れたての木苺を買ってきてくれました。お皿の上に乗っている果実をまじまじと見つめます。
「色が黒いんですね」
木苺のイメージは、真っ赤でプチプチした果物。見目は似ているんですがね。
「ブラックベリーというらしい。少し酸味が強いそうだが、気分がスッキリするかと思ってな」
ふむ。酸っぱいものは、しゃっきりしますもんね。
「ありがとうございます」
2人で一粒ずつ手に取り、おそるおそる口に運びます。
口の中に広がる甘酸っぱい味わいと香り、とても美味で、自然に頬が緩みます。
横に座っていたクラウス様は、なぜか目を瞑って自分のおでこをトントンと叩いています。
「どうかしましたか?」
「いや……思っていたより酸っぱいな」
「そうですか?」
酸味はあるけど、どちらかといえば甘い。
もう一粒食べても、クラウス様の顔は険しいままです。こんなに甘味があるのに。
「酸っぱくないか?」
「いいえ。酸味、苦手なんですか?」
「……いや、そんなことはないと思うが」
首をひねるクラウス様。
「もしかして、未熟なのでは?」
「え?」
「私が選んでみますよ。はい、どうぞ」
ブラックベリーを摘むと、クラウス様の口元に差し出します。
「あ……ああ」
せわしなく目を動かすクラウス様が口を開いたので、ぽいっと中に放り込みます。
「ん、甘い」
「ですよね? 2回連続で酸っぱいなんて、偶然でもすごい確率ですね」
「……なら、シアのを私が選ぼう」
悔しかったのか、クラウス様がブラックベリーを選びました。
「3回連続は、さすがにないですよ」
あーん。
クラウス様がブラックベリーを食べさせてくれます。
子供の頃、兄姉様たちと食べさせ合いっこしたのが、しみじみと思い出されて、郷愁にかられました。
「……うっ」
酸っぱ!! 頬がキューっと痛い。頬を押さえていると、クラウス様がクスクスと声を出して笑っていました。
ムッとして、強い眼差しを向けると、クラウス様がオロオロしています。
「す、すまん。まさかこんなことになるとは……」
なんだか、その態度がおかしくて、思わず笑ってしまいました。一瞬キョトンとしたクラウス様も無邪気な笑顔に変わります。
楽しくて、ゆとりある時間。こんな毎日なら、きっと楽しい。
曇った心が晴れ渡り、怠さもどこかに飛んでいきました。
うじうじ、くよくよするのは、もうおしまい。
ありがとうございます、クラウス様。
次の日、完全復活した私は元気に馬車へ乗り込みます。
気合いを入れても、疲れるものは疲れる。
夜にはグッタリして、おやすみなさい。
すやすや。
そんな日々が10日ほど続き、とうとう王都に到着です。
私がここに訪れたのは2度目。
1度目は、社交デビューの時ですね。
王都ラングハインは、丘の上にある王宮を中心に、貴族が住む大きな屋敷が取り囲み、その周辺から街が続いています。
隣国の色彩豊で可愛らしい街並みとは違い、王都ラングハインは、上品で落ち着いた白や淡い色の建物が多い。
王宮もまるで雪のように真っ白で、とんがり帽子みたいな青い屋根。真っ青な空と大きな雲を背景に、威風堂々とそびえ立っています。
見上げるほどの大きな石造の門を馬車でくぐる私たち。
下乗後、案内役の厳しい兵士について行きます。
着いた先は、待合室。中に入ると、フカフカの青い絨毯が足を優しく包み込みます。
王都の街並みの風景画と王家の紋章……盾の前に王冠を被った獅子が吼えている……が描かれた旗が壁に飾られています。
権威の象徴。
私たちはそれぞれ淡いクリーム色の肘掛け椅子に腰掛け、謁見の時間まで待ちます。
ゆったりと寛いだお義父様が、背もたれに寄りかかりました。
「さて、これから陛下にお会いするけれど、レティシアちゃん、平気?」
「はい」
そう答えたものの、隣国の王に謁見した時以上に、緊張しています。
派手に見えないよう、ドレスはシンプルな淡いベージュピンク。お義母様が選んでくれた清らかな乙女風の落ち着いたものです。
お義父様とクラウス様は、正装である黒の軍服を身につけています。
「これから、君を狙った首謀者と対面する。
嫌なら同席しなくてもいいんだよ」
「……いえ。どんな方か知っておきたいです」
逃げたって不安になるだけ。
せっかくここまで来たんだから、文句の一つでも言ってやりたいです。
「辛かったらすぐに言ってくれ」
先日みっともない姿を見せましたからね。
また同じようにならないかクラウス様は、懸念しているのでしょう。
私は大きく頷きました。
時間になり、向かった先は大きな円卓のある部屋でした。
国に関する重要な案件を話し合うような場所なのでしょう。
待合室と同じように、王家の紋章が入った大きな旗のほか、目につく装飾はありません。
一番奥の席に座っている赤いマントを羽織った男性が、国王ホドフリート・スペンダー・クベリーク。
社交界デビューの時、一度だけ、ものすごく遠目から拝見しました。
誰よりも輝く黄金の髪に、王太子殿下や王女殿下にそっくりな色の瞳。
がっしりとした体格のヘルツベルク国王に比べて、細身で優男。
柔らかい印象を受けます。
テオフィル様やアンジェリカ様は、どちらかといえば王妃殿下似なのか、あまり似ていません。
陛下の横に座っているのは、麗しのテオフィル王太子殿下。
「この前会ったばかりだけど、ようこそ」
「ご無沙汰しております。陛下、王太子殿下」
お義父様に続き、クラウス様と私も挨拶をします。
「よく来てくれた」
陛下の笑顔には、くっきりとエクボが現れ、歓迎されていると感じました。