64.弱音
白カラスは、無事逮捕されました。恐ろしい子なので、二度とお近づきになりたくないです。
彼が証言した空き家は、遺憾ながらもぬけの殻でした。しかし、その日から使用人の一人が行方不明になったのです。
彼女は、私がドワイアン家に嫁入りする少し前に、メイドとして雇われた女性でした。
私とはほとんど接点がない掃除や洗濯などの仕事を中心にしていた方で、世間話くらいはしていましたが、親しいという程でもありません。
標的の私に、あまり近づかないようにしていたのですかね?
他貴族からの紹介状もあったそうですが、恐らく偽造したのではないかとクラウス様が話していました。
女性の行方と合わせて、これから調査することになるそうです。
白カラスからもたらさせた情報と証拠を入手したクラウス様は、全てを終わらせるために、お義父様と共に領地を離れます。
敵は王都にあり! です。
なぜかお義父様の指示で、私も同行することになったのですが……どうしてでしょうか?
関係者だからですかね?
もしかしたら、おっかない顔の兵士に取り調べとか受けるのでしょうか……私は、何も悪いことなんかしていませんよ。
王都へと向かうことが決定しましたが、隣国へ行った時のように悠長にしてられません。
モタモタしていたら、第2第3の刺客が送られてくる可能性があります。
一足先にハミルトン様とヤーナさんが、報告書を手に、王都に出立しました。
2人を追いかける私たちは、昼の間は進み続け、夜になると休むの繰り返し。馬車に乗っているだけでも体力を消耗し、夜になると私は気絶するように眠ります。
ある日の夜、とても疲れ、早めに休むことにした私は、食事も程々に宿泊している部屋に戻りました。
この辺りで一番いい宿だそうですが、ベッドと簡易テーブルと椅子くらいしかありません。
休むには充分ですがね。
着替えを済ませ、ベッドの上に座ってくつろいでいると、クラウス様が訪ねてきました。
憂慮の面持ちで、私のおでこを撫でてくれます。少しひんやりしていて、気持ちいい。
「顔色が悪いな……。明日は、一日この町にとどまることになった。ゆっくり休むといい」
それは望ましい提案ですが、私は首を横に振りました。
「いえ、私は大丈夫なので、出発して下さい」
「無理はしないでくれ」
「無理をしているわけじゃありません。早く王都に行きたいんです」
予想外だったのか、クラウス様はおでこから手を離し、非常に驚いています。
「なぜだ?」
「……早く着いたら、それだけ、早く帰れるじゃないですか」
「シア……」
こんな嫌なことはすぐさま終わらせて、帰りたいです。ドワイアン辺境伯領で、みんなと幸せで長閑な生活に戻りたいんです。
「君の気持ちはわかるが、無理してシアがつらそうにしているのを見たくないんだ」
私の身を案じていると伝わってきます。
苦悶の表情を浮かべるクラウス様を見ていると、申し訳なくなりました。
「ごめんなさい。わがままを言いました」
途中で、倒れたりする方がよっぽど迷惑をかけますよね。自分のことしか、考えていなかったと反省し、首を垂れます。
「それは、わがままとは言わないし、シアはもっと甘えてもいいんだ。君の笑顔は好きだが、感情を隠して笑って欲しいわけじゃない。
ずっと、我慢していたんじゃないか?」
モヤモヤした感情が溢れ出しそうです。
もう、だから嫌なんです。弱っているときに優しくされるのは……。
「シア」
自分の頬に、生ぬるい涙が流れていき、慌てて手で拭います。それでも止められず、口の中に入ってきたそれは、少ししょっぱい。
クラウス様に、フワリと優しく抱き寄せられました。
温かさに誘われるように、彼の胸に顔を埋め、弱音を吐いてしまいます。
「……私は、人の道に反するような悪いことなんて、してこなかったつもりです。恨まれるようなことを全くしてこなかったとは言い切れませんが……知らない間に、知らない人に、死を願われた。
そのせいで、バルが怪我をして……恐ろしい目にあって、なんで、なんでって……」
息が苦しい。
声が出にくく、言葉に詰まる。
解決するまではと、ずっと見ないようにしてきた気持ちが漏れでてきて、止まらない。
「ああ。命が狙われて平気な人間などいない。
シアは何も悪くないし、よく頑張ってくれた。
早く全部終わらせて家に帰ろう。何も不安に思うことはない。
どんなことからも君を護ると誓うよ」
……うぅ。気障です、クラウス様。