63.袋の鼠
白カラスに対峙したクラウス様は、剣のきっさきを相手に向けて、警戒をしています。一方の白カラスも沈黙のまま剣を構えています。
「大人しく投降するなら、命までは奪わん」
命は奪っちゃ駄目ですよ。白カラスには、訊きたいことが山ほどあるので、どちらも暴れないでください。
一触即発しそうな二人に注目していると、ザザザッと多くの足音が耳に入ります。
突入してきた辺境伯軍の兵士たちが、私たちを円形に取り囲みました。
武器を構えた屈強な兵士たちに取り囲まれるのって、怖いですね。威圧感が半端ではないです。
あ、よかった。ハミルトン様やヤーナさんもいるので、恐怖が半減しました。
さて、こうなったからには、逃げ切るのは不可能でしょう。
白カラス、さっさと投降してください。
「そっか、僕は騙されちゃったんだね」
状況を判断した白カラスは、持っていたふた振りの剣を地面に落とし、敵意はないと両手を上げました。
「でも、君たちが捕まえたいのは、僕じゃなくて、僕の依頼主なんじゃないの?」
仮面の裏で、ニヤリと笑みを浮かべているような声を出す白カラス。その音は少し高く、幼く感じます。
「ねぇ、僕を殺さないと約束してくれるなら、依頼主の情報と彼に繋がる証拠をあげるけど……どうする?」
「……依頼主を売るのか?」
「うん。僕は、死にたくないからね。死んだら、もう殺せないでしょ」
あ。この人、本格的にヤバい人です。依頼主さん、どうして白カラスを選んだんですか?
簡単に依頼主を裏切る殺し屋とか、恐ろしくて普通は頼みませんよ!?
「残念。僕は、その子が気に入っていたから、楽しみたかったのに。きっと、真っ赤な血染めのドレスが似合うと思う!
でも僕じゃ、クラウス・ドワイアンに勝てないから、今は諦めるよ」
ひぇっ! 怖っ! 無機質な白い仮面が私の方を向いています。今は諦めるってどういう意味ですか、ずっと諦めておいてください!!
しかし、私以上に反応したのはクラウス様でした。彼の剣先が白カラスの喉元にあとほんの数ミリ単位で近づいています。
「貴様、今ここで息の根を止めてやろうか!!」
恐ろしい形相で相手を睨みつけ、激昂しているクラウス様を慌てて止めます。
「ダメです、クラウス様!! 証拠が必要なんですから!!」
「……しかし!」
「大丈夫です。何があっても、クラウス様が護ってくれるって信じてますから!」
とにかく、剣をもう少し離してください。今にも切れて血が出てきてしまいそうです。
あたふたしていると、落ち着いてくれたのか、剣をずらしてくれました。
彼の顔がほんのり赤くなっているので、まだ怒っているようです。
「心配しないで、彼女を殺す依頼を新しく受けない限りは、殺さないから。
僕は、依頼を受けた人しか殺さないよ」
いやいや、もう逃げられないのに、また新しく依頼を受けるとか、何を楽しげに言っているんですか。
いや、もう理解しようとしている方が悪い気がしてきました。
目を三角にさせたクラウス様は、白カラスに質問をします。
「……お前の協力者は、誰だ? 我が家の使用人の誰かなのか?」
「あー。あの女、ひどいんだよ。
いきなり、なんで誘拐したのかとか余計な真似をするなとか、うるさかったんだ。殴って気絶させてきた。
名前は……知らないや。興味ないし」
危険人物過ぎて、お手上げです。
「女はどこにいる?」
白カラスの説明によると、街の裏通りにある寂れた空き家に身を隠していたそうで、そこで落ち合っていたとのこと。
クラウス様に目配せされた兵士数人が外に出て行きます。空き家に向かうのでしょう。
そうこうしているうちに、兵士たちがジリジリと彼に近づき、拘束しました。
鉄の手枷をはめられた白カラスは、もう逃げられません。
クラウス様が、命令を下します。
「仮面を」
手が伸ばされ、一気に白カラスの仮面が外されました。現れた顔に私は、息を呑みます。
クラウス様の燃えるような赤い髪よりも、もっと深い血のような紅の瞳。
本能に従って、人を襲う魔物のような……珍しい色。
「まだ、若いな」
眉をひそめたクラウス様の言葉通り、私と同じくらいか、もしかしたら歳下かもしれません。クベリーク人には見えない褐色の肌に、少し長めの黒い髪。
整った顔立ちをしていますが、何が嬉しいのか、機嫌よくニコニコ笑顔です。
「あーあ、次に人を殺せるのはいつかなぁ」
だから、怖いですって。
もう、本当に勘弁してください。