61.お見舞いの日(過去)
遡ること1ヶ月前。
私襲撃事件の翌日、バルのお見舞いに行った時のことです。
クラウス様からの口説き攻撃に赤面しそうになりながらも、私は勢いよく手を挙げました。
「あの、私が囮になるのはどうでしょうか?」
「し、シア!! 何を言っているんだ!」
耳元で叫ばないでください、クラウス様。キーンとします。
「落ち着いてください。
いろいろ考えてたんです。どうしてどちらの襲撃も、彼らは私の居場所を知っていたのかと」
居心地が悪そうに咳き込むお義父様を見て、私の推測は正しいのではないかと思えました。
「うん。レティシアちゃんの言う通りだ。前回も今回も、君の居場所が筒抜けだった。
つまり、身近に内通者がいる……私たちもそう考えている」
「可能性が高いのは、屋敷の使用人。特に、孤児院に行くと決めたのは、当日でしたし」
「そうだね。二度目は御者になりすましていたわけから、その可能性は高いと思う」
疑わしくても、ドワイアン家で働いている使用人の数は多いので、特定が困難です。
「一つ気になったんですが、前回、襲撃者の中に白カラスはいませんでしたよね?」
「ああ。二刀流使いはいなかったし、怪我をしているとはいえ、バルトロと互角以上に戦えるような奴はいなかった」
どうも、二者の性質が違う気がするんです。ならず者たちは、私たちを全員殺そうとしているようにみえました。一方、白カラスは、膝をついたバルにトドメを刺さなかった。
「白カラスとならず者たちは、本当に仲間なんでしょうか?」
襲撃時のことを思い出したのか、バルがあっと声をあげました。
「そういえば、ならず者が現れた時、白カラスが舌打ちしたんだ。まるで、あいつらが邪魔だと言わんばかりに……」
「白カラスは、標的を自分の手で始末したいと考えていて、邪魔されるのを嫌う人物なんですかね? でも邪魔者扱いをしていても、両者は情報を共有してますよね」
同じタイミングで襲ってきたわけですから、全くの無関係ではないはずです。
腕を組み、考え込むようにクラウス様は、指で自分の腕をトントンっと叩きます。それだけの行為なのに、様になりますね、この人。
「最初の襲撃は、内通者の単独。今回の襲撃は、内通者から情報を得た白カラスの単独。しかし、内通者が横槍を入れ、白カラスは憤ったというわけか?」
「確認のしようがないので、そうと言い切れませんが、もしその通りなら、白カラスを誘き出すのは、さほど難しくないと思うんです」
「誘き出す?」
上手くいくかどうかは、賭けです。
「もし、偽の白カラスに標的を横取りされそうになったら、本物はどうするでしょうか?」
「ほう」
身を乗り出し、声をあげたお義父様をチラ見してから、私は話を続けました。
「白カラスと内通者が情報を共有していて、なおかつ、使用人の中に裏切り者がいるなら、嘘の情報を流すことは簡単なのでは?
例えば……私が連れ去られた。もしくは、誰かが身代わりに誘拐されて、私を呼び出したとか……。
誘き出し作戦は、失敗したとしても、こちら側に不都合なことはありませんし、やってみる価値はあると思います」
「なるほど」
ポンっと手を叩いたお義父様に対して、クラウス様は、あからさまに大きなため息をつきました。
「シアを危険な目に遭わせてしまうじゃないか。そんなことは、了承できない」
そう言うと思っていました。クラウス様は、過保護ですからね。
「……クラウス様には、偽の白カラスをやって欲しいです」
「な!? わ、私がか?」
「はい。誘き出した白カラスから、私を守りつつ、相手を圧倒できる力を持っていて、なおかつ、命を預けられるほど信頼できるのは、クラウス様以外にいません。
守ると言ってくださいましたよね?」
あふれんばかりの笑顔をクラウス様に向けると、熱のこもった瞳で見つめ返されて、少しばかり照れくさくなりました。
「……シア」
はて? なぜか悪女みたいになっている気がしますが、本心しか言っていませんよ。
騙してなんかいないです。
ちょっとバル、訝しげな目でこっちを見るんじゃありません。