60.白カラスの正体
時間は刻一刻と迫っているのに、自室に閉じ込められてしまいました。
扉には鍵がかけられており、部屋の前には使用人達が私を外に出さないように待機しています。
大人しくしていましたが、いくら時間が経っても何の報告も耳に入ってきませんでした。
決心した私は、早速ベッドの下から、なめした皮の袋を取り出します。
この中には、お実母様から、嫁入りに必要だから持って行きなさいと言われたものたちが入っています。
その中から、私はロープを手に取ります。
……お実母様、なぜ嫁入りにロープが必要なのか、娘にはさっぱり理解できませんでしたが、すごく役に立つ時が来たようです。
この事件を無事に解決する責任が、私にはあります。
窓を開け、二階の自室から見下ろします。外は誰もいないようですね。
手すりにロープをしっかりと縛り付け、外に向かってそれを投げます。
袋の中には、大振りのナイフもありました。
お実母様……私にサバイバルでもさせるつもりですか?
ナイフを収納した革製のベルトを腰につけた後、窓から脱出を試みます。
ロープで降りるのはなかなか難かしく、手が痛い。足の置き場を探しながら、なんとか地面に着地できました。成功です。
ひと息ついた後、警戒しつつ、コソコソと厩舎に向かいます。
「ティア」
愛馬のティアは、私の姿を見て、嬉しそうに鼻を鳴らしました。よしよし、可愛いやつめ。首を撫でると、ティアは顔を擦り寄せてきました。
「協力してね」
言葉をかけると、任せておけと言わんばかりに、首を真っ直ぐ伸ばしています。
急いでティアに鞍をつけて、彼女に跨ります。
必ず犯人を捕まえてみせましょう。
新たな決意を固めた私は、ティアと共に裏口から屋敷を飛び出しました。
手紙に書いてあった廃墟は、もともと、古い教会だったようです。
ところどころ壁が剥がれていますが、建物のてっぺんには、丸に縦横の線が入った、ライリース教のシンボルが掲げられています。
近くに民家はなく、ポツポツと木々が生えていて、とても静かで薄暗い場所です。
ティアから降り、私はナイフを取り出し、ギュッと握り締めました。
正確な時間はわかりませんが、約束の時間は、目前でしょう。
こうして、私は廃墟の中に足を踏み入れたのです。
廃墟になってから、随分と時間が経っているのか、床は割れていて、土の地面が露わになっています。そこから、草木が生えており、足を進める度に、ジャリっという砂の音が聞こえます。
通常なら教会の一番奥に、ライリース神の像があるものですが、移動させられたのか、なにもありません。しかし、主祭壇の前に頭からすっぽりと黒のローブを纏った人物が立っていました。その顔には、くちばしのついた真っ白な仮面が、のぞいています。
「……白カラス!! ルルナちゃんを返しなさい!!」
「こちらへ来い」
男性とも女性とも判別つかない声が聞こえました。
「ルルナちゃんは、どこですか?」
「こちらへ来い」
同じ言葉を続けた白カラス。私は、ゆっくりと近づいていきます。緊張で自然と短剣を掴む力が強くなります。
そんな私の気持ちを知らないだろう相手は、微動だにしません。
「あの子は、無事なんですか……?」
一言も返事がなく、白カラスまで、あと大人2人分が寝転んだくらいの距離まで近づきます。
瞬間、視線の端に何か動く物体を捉えました。二階の足場から、人が降ってきたのです。
その人物は、白カラスに向かって剣を振り下ろしました。
金属が交わる音。
白カラスはその凶刃を自らの真っ直ぐ長い剣で防御します。
「獲物を横取りするな」
二階から降ってきた人物の苦々しい思いが篭った声が聞こえました。
その人物は、神父様が着ているような真っ黒なコートを着ており、顔の部分には、くちばしのついた真っ白な仮面をつけています。
対峙した二人の白カラス。
「殺し屋の矜持というやつか?」
黒ローブの白カラスは、黒コートの白カラスの剣を弾くと、黒コートは、後方に飛びました。
その反動で、黒ローブのフードがパサリと落ち、太陽のように真っ赤に燃える赤い髪が、表れたのです。
彼は、ゆっくりと白い仮面を外し、それを落としました。
「……クラウス・ドワイアン」
二階から飛び降りてきた本物の白カラス。
驚愕の色が濃く滲み出た声が、静かな廃墟に響き渡りました。