59.誘拐事件
私襲撃事件から、外出することが殆ど無くなりました。外が恋しい気持ちもありますが、命には代えられません。
お義母様からお茶に誘われたり、怪我をして暇そうにしているバルと話したり、お義父様に新しいゲームを教えてもらったりしながら過ごしてました。
白カラスの行方は未だに掴めておらず、クラウス様は忙しくされています。
だんだんと焦りの色が濃くなっており、少し痩せられました。
そうこうしている間に、1ヶ月という月日が流れたのです。
事件が起きたのは、青空が広がる穏やかな気候で、ゆったりと過ごしていたある昼過ぎのことです。
「レティシア様、大変です」
あまり大変そうに見えない淡々とした口調のモニカですが、本当に身震いするようなことが起こりました。
報告を受けた私は、慌てて玄関ホールに向かいます。
そこには、焦燥しきり、青い顔をしたヤーナさんが床にへたり込んでいました。彼女を心配そうに支えているのは、ハミルトン様です。
「ヤーナさん!!」
私は、彼女に駆け寄り、ギュッと抱きしめました。ポロポロと涙を流すヤーナさんの身体は、まるで猛吹雪の中にいるかのように震えています。
「ルルナ……ルルナが……」
眉根を寄せ、険しい表情をしながら、彼女の前に立っていたクラウス様は、白い紙を広げて見ていました。
「ルルナが拐われた」
ヤーナさんから離れ、立ち上がった私は、クラウス様からそれを奪います。
「子供は預かった……返して欲しければ、レティシア・ドワイアン一人で、午後4時……町外れの廃墟に来い。来なければ、命はないと思え」
殴り書きのような文字と、簡易な地図が書かれています。
「そんな……ひどい……。ヤーナさん、ごめんなさい。私のせいで、ルルナちゃんが巻き込まれて……」
悔しそうにヤーナさんは、拳をかたく握りしめています。ポタポタと床に落ちる涙が痛々しく、息が苦しくなります。
そんな彼女は、涙を流し続ける顔を上げ、私を睨みつけてきました。
「あなたのせいです!! あなたのせいでルルナが!! もしあの子に何かあったら、絶対に許さない!!」
「ヤーナ!!」
髪を振り回して無我夢中で、私に掴みかかろうとしたヤーナさんをハミルトン様が羽交い締めにして、止めました。
「やめろ!! レティシア様のせいじゃないだろ!!」
「ふざけるな!! あんたが……あんたがルルナと仲良くしてたから、狙われたんだ!!」
何も答えられない私の肩を、クラウス様はそっと抱き寄せました。
「ハミルトン、ヤーナを客室に連れて行け」
強張った表情で、冷たく言い放ったクラウス様。ハミルトン様は困惑しながらも、暴れだしそうなヤーナさんを押さえつけつつ、連れて行ってしまいました。
「クラウス様……」
「心配するな。ルルナはすぐに見つける。君は大人しく待っていなさい」
「そんな! 私のせいでルルナちゃんが誘拐されたんです。私が、この場所に一人で行けばいいんですよね」
「そんなこと、させられるわけないだろう!!」
大きな声を出し、身体中で拒否を表すクラウス様でしたが、私も後に引けません。
「でも!! 私がずっと屋敷に篭っていたから……きっと白カラスです。あの殺し屋がルルナちゃんを!」
「落ち着きなさい」
「落ち着いてられません!! 私は……行きます。これ以上、私のせいで誰かが傷つくなんて、もう耐えられないんです!!」
必死にクラウス様を説得しようと声を張り上げますが、彼の眉間はますます深いシワができあがっています。
「モニカ。シアを部屋へ。外に出すな」
「クラウス様!?」
冷酷そのものに見える氷のような瞳のクラウス様の命令に従い、モニカは私の腕を掴みました。
「レティシア様。私もクラウス様と同意見です。そんな危険なことは、させられません」
「モニカ!!」
非難の声をあげますが、私はモニカだけでなく、数人の使用人に囲まれて、部屋へ連れて行かれました。