58.首謀者は誰?
重苦しい空気の中、バルが続けます。
「白カラスの被害者には、全員とは言えなくとも、共通点がありました。ある貴族にとって、不都合な人物。
ただ、その貴族と白カラスを繋ぐ証拠が見つからず、治安維持部隊の方でも苦い思いをしていると聞いたことがあります」
国内の安全を脅かすものから、民を守り、平和と秩序を維持することを目的とした国軍治安維持部隊。
いわゆる犯罪者の捜査や取り締まりをしているところです。
顎に手を当てながら、考え込んでいるクラウス様。
「そのある貴族というのは?」
一番気になるのは、そこです。もしかしたら、今回の首謀者かもしれません。
「……モルガン・メンブラード侯爵です」
うん、知らないや。
大きなため息をついたお義父様が、ポツリと呟きます。
「メンブラード卿か……」
侯爵様に狙われるようなことした覚えはないんですが。お義父様は何やら険しい表情で、唸っています。
それに気がついたクラウス様が質問をしました。
「何か心当たりがあるんですか?」
「うむ。実は、お前にも話していなかったが、王女殿下からの婚約破棄後、彼の娘をお前の妻にと打診があったんだ。断ったけどね」
……男爵令嬢より侯爵令嬢の方が、身分も合っていますし、普通ならそちらを選ぶのでは? なぜ断ったのでしょうか。
「嫌いなんだよね、メンブラード卿」
え、そんな理由?
「あまりいい噂を聞かない男だし、彼の娘を妻に娶った後、厄介ごとを起こされても困るからね。
それに、その時には、コウトナー男爵家と縁談の話も進んでいたし」
肩をすくめるお義父様の気持ちも、わかります。想定される危険は、出来るだけ排除するべきですからね。
眉間にしわを寄せたバルが、不機嫌そうに拳を握り締めます。
「レティを始末して、自分の娘を次期辺境伯夫人にするつもりってことですか?」
「どうだろうねぇ」
まあ、なんてことでしょう。
お義父様の様子だと、私が死んでも娘さんをクラウス様の妻にとか、無理じゃないですかね。
これ、確実に殺され損ですよ。
物騒な事実が頭をよぎっていると、クラウス様に手を取られ、見つめられます。
「私の妻はシアだけだ。必ず守る」
真剣さを含んだ低音の声と瞳に、ドキドキと胸が高鳴ります。彼の唇に目線が行き、突如として、昨日のおでこキスを思い出してしまいました。体温が一気に上昇します。
視線の端に、バルのニヤケ顔が映りました。
「お熱いねぇ」
子供の頃から知っている幼馴染に見られるのは、また違った恥ずかしさがあります。
いやいや、そんな場合じゃないですよね。私、命狙われてるんですから。
お義父様が、ジッと見てくるのも、気まずいんですが。とにかく、手を離しませんか?
ちょっと動かしてみましたが、ビクともしません。
「もう一つ、レティシアちゃんには酷な話だと思うんだけど……」
「え?」
「今回、捕縛した男たちから話を聞いたのだけどね。前回の湖の襲撃事件も……どうやら、君が狙われていたようなんだ」
……そんな気はしていましたが、実際に言葉にされると、気が重いです。連続して襲われて、2つの事件が無関係とは考えにくいですよね。
「あの男たちは、他領から流れてきた盗賊団だそうだ。前回も今回も襲撃の依頼を受けたそうなんだが、生き残りに依頼主を知っている者がいない。手がかりも無くてね……申し訳ない」
「いえ。昨日の今日で、これだけ調べていただいて、ありがとうございます。きっと、皆さん寝る間も惜しんで、取り調べしてくれたんですよね。……感謝いたします」
辺境軍の方々には、この事件が落ち着いたら、お礼をしなければなりませんね。
それにしても、狙われたのは私。
メンブラード卿が今回の首謀者かどうかはわかりませんが。今のところ、一番の脅威は白カラスです。
「白カラスの行方を捜すのは、私が主導で行う。シアは暫く屋敷にとどまってくれ。どうしても外出が必要な場合は、私が連れて行くから、言ってくれ」
自らの胸を叩くクラウス様。やっと手を離してくれたので、胸を撫で下ろします。
人前で口説く雰囲気を出すのは、やめませんか?
嫌なわけじゃないですが、恥ずかしいんです。繊細な乙女心なんです。