54.白いくちばし
外は、鬱蒼とした木々に囲まれており、しんと静まり返っていました。おそらく、砦近くの森の中ではないかと見当をつけます。
空に輝く月明かりだけを頼りに、辺りを警戒しながら、足を踏み出しました。
馬車を引いていたお馬さんは、姿を消しており、夜の森に置き去りにされたようです。
「バルトロさんは、どこに行ったのでしょうか?」
視線を彷徨わせ、辺りを見渡すモニカ。私もそれが気になっていました。それに、御者も見当たりません。
まったく、護衛失格ですよバル。
砂利を踏んだような音がしたため、目を凝らすと、月の光を浴びた何かがいます。
人らしきそれは、くちばしのようなものがついた、真っ白な仮面をつけていました。
全身が黒いため、それだけが闇夜に浮かび上がっているようです。
「何者です!?」
怒鳴り声を発したモニカを無視するように、白い仮面は、ふた振りの剣を抜きました。きっと標的は、私たち。
相手を威嚇するため、私も弓を構えます。
「これ以上近づけば、容赦はしません」
感情が見えない白い仮面は、たじろぐ様子もなく、私たちに向かって駆け出します。一切の躊躇を見せないように、弓を引きました。
真っ直ぐと放たれた矢。白い仮面は、体勢を低くし、驚愕する動きでギリギリ避けます。
動揺を隠し、もう一度弓を引きます。
白い仮面は、かなりの手練れ。矢を剣で弾かれました。
これは、かなりマズイです。
「レティ!!」
颯爽と馬に乗って現れたバルが、目前まで近づいていた白い仮面に向かって剣を振り下ろしました。仮面は後方に飛びます。
よかったバルが来てくれたと思った瞬間、モニカが声を荒らげます。
「どこに行っていたのです!?」
なにも答えず馬上から飛び降りたバルは、足がもつれたのか、フラついています。しかも、お馬さんの身体が傾き、そのまま倒れました。
なぜいきなり弱っているんですか?
「バル?」
「大丈夫だ。ちょっと後ろから馬車に轢かれただけだ」
あ……そういえば、馬車に乗っていた時、大きな衝撃がありました。あれ、バルにぶつかったから?
「大丈夫じゃないですよね!?」
「うるさい。頭に響くから大きな声を出すな」
暗くて傷の具合はよくわかりませんが、とても無事だとは思えません。絶対に動き回ったら駄目な気がします。
「あ、安静にした方がいいですよ」
「そんなことを言ってる場合か?」
反論できない状況ですが、無理をしたら、怪我って酷くなるものですよね?
「お前らは、下がってろ!」
止める間もなく、バルと白い仮面の戦いが幕を開けました。ただでさえ怪我を負っているバルは、かなり不利な状況です。それでも、手練れの仮面と互角に渡り合っています。彼の強さは知っているものの、心配しかありません。
夜の闇に、刃が交わる金属音が響き渡ります。
助けを呼びに行くべきですが、移動手段がありません。せめて、馬が無事なら……。
「レティシア様!!」
異変に気がついたのは、モニカでした。2人が戦っている場所の反対方向から、足音が聞こえ、何かが近づいてきます。
弓を構えた途端、草をかき分けて現れたのは、数人の男達。以前、湖で襲ってきたならず者と同じような風体をしています。15人以上はいるだろう彼らは、どう考えても味方には思えません。
「殺せ!!」
野太い声の一言が、彼らを動かしました。迫り来る奴らに、私は弓を引きます。1人2人と、矢の餌食にしましたが、人数が多く、間に合いません。
モニカもいる以上、この場から逃げる選択肢はない。
急いで弓を構えると、シュッと何かが横切りました。
三日月のように曲がった短剣が、光を浴びてキラリと輝き、紺色のモニカのスカートが翻ります。
「モニカ!?」
敵を屠る侍女さん!! と思わず見惚れてしまいましたが、そんな悠長なことを考えている場合じゃないですね。
私も矢を射って、応戦します。
白い仮面とは違い、ただのならず者たちは、モニカにとってさほど脅威とならないよう。彼女は、まるで踊っているかのように、軽やかな動きで、敵を仕留めていきます。
近距離武器が苦手な私は、蝶のようにヒラヒラと舞うモニカが羨ましく思います。
男たちの方は、何とかなりそうですが、問題は……。
「バル!」
片膝をついた彼は、息を荒くして白い仮面の方に顔を向けています。不思議なことに、仮面は彼に興味をなくしたのか、フラリと動く白いくちばしが、私の方を向きました。こっちを見ている?
「レティ、逃げろ!!」
怒鳴り声を上げたバル。白い仮面がこちらに向かってきます。逃げろと言われても、どこにですか?
走って逃げてもすぐに追いつかれますよ、これ。私は、弓を構え、引きました。
最後まで諦めるつもりはありません。
どう頑張っても、矢は当たらず、額にうっすらと汗が流れます。
その時、何頭もの馬が駆け寄ってくる足音と、焦りの混じった救いの声が聞こえました。
「シア!!」
「殺さず、捕縛しろ!!」
クラウス様と、おそらく彼の部隊。ハミルトン様やヤーナさんの姿も暗がりですが確認できました。安堵のため息が自然と漏れます。
「チッ」
眼前まで迫っていた白い仮面は、舌打ちをした後、身を翻し森の中に消えていきました。数人の兵士たちが仮面を追いかけます。
ならず者たちは、散り散りになる前に、クラウス様たちにあっという間に制圧されました。
た、助かった。
ホッとして、足の力が抜けた私は、ヘナヘナと地面に座り込んでしまいました。