52.のろけ話
お尻に振動を感じながら、目の前で幸せそうに話すアンジェリカ王女殿下を、生温かい目で見守っているレティシアです。
「だからね。指輪を持って帰ったのは、せめて指輪だけでも君と繋がっていたかったからだって、ユリウスが言ってくれたのよ」
うっとりと目が潤んでいる王女殿下は、ただの恋する乙女のようです。
なぜこんなことになっているのかというと、あの謁見の日から3日間、私たちは王宮で足止めをくらいました。
というのも、彼女がずっと寝込んでいたからです。
そんな状況で、観光や遊びになど行けるわけもなく、大人しく、ひたすら待ち続けました。
王太子殿下やクラウス様は、王とコソコソ会議室にこもったりしていました。どんな話し合いが持たれていたのかわかりませんし、私が知ることじゃ無いんでしょう。
気にしない、気にしない。
王女殿下の回復後、やっと国に帰れることになったのですが、帰りの馬車に乗る寸前、私は彼女に拉致されました。
クラウス様は、止めようとしてくれましたが、大丈夫だと言い残し馬車に乗り込んだわけですが。
先ほどから惚気がすごいです。
「しばらく会えなくなるのが淋しいって……すぐ迎えに行くから待っててって。もう、ヤになっちゃうわ」
モジモジと身体を動かす王女殿下。
仲直りできたようで良かったです。これ、もしかしてずっと続くんですか?
「浮気者には鉄槌をと思ってたけど……ふふ」
ニヤニヤしている王女殿下は、とても幸せそうです。
鉄槌……。もしかして、嵌められた復讐するべきだとクラウス様に言ったのは、代わりに鉄槌をくださせるため?
ずっと不機嫌で、憂鬱そうだったのは、浮気をされたと思っていたから?
浮気されて嫌な気持ちにならない人はいませんよね、愛している相手なら、尚更です。
クラウス様に自分を娶れとおっしゃったのには驚きましたが、ユリウス王子への当てつけの、やけっぱちだったんでしょう。
「ユリウスはね、いつも愛してるって、君が大事だって言ってくれるのよ」
あれ? これは……母親への依存心がユリウス王子に変わっただけなのでは? うーん、幸せそうだから、いっか。
王女殿下にとって、言葉にしてもらうことが一番重要なのかもしれません。
指示通り、贈り物をしていただけのクラウス様には、なびかなかったわけです。酔っ払って、本心をぶちまけていれば、少しは変わっていたかも……今更言っても遅いですね。
言葉が欲しいアンジェリカ王女殿下と、言葉にしなかったクラウス様は、決定的に合わなかった。
すれ違っていたんですね……。男女の関係は難しいものです。
さて、ユリウス王子と結婚するということは、雪に覆われた氷の地に行くということですが、大丈夫なんでしょうか。
果たして、黙って静かに嫁いでくれるのか、今から不安ですが……王太子殿下、頑張れ。
いやいや、きっと本当に愛する人と結婚できるなら、氷の地だろうと、彼女は、ついていくと決意したのです。これぞ真実の愛。ユリウス王子、頑張れ。
左手の薬指に光る指輪を愛おしそうに撫でるアンジェリカ王女殿下。彼女の瞳と同じ色の大きなエメラルドがついた指輪は、形見の指輪なのでしょうか?
「その指輪は」
「これは、ユリウスからの贈り物。私のために作ってくれたんですって」
「王妃様の形見ではないんですね」
「それもちゃんと返してもらったわよ」
これまで見たことがない穏やかな微笑み。王女殿下は、とてもご機嫌です。
ちなみに、わが国では、恋人へ贈る装飾品は、贈る相手の髪や目の色が入った物を選ぶのが主流です。逆に、自分の色が入った物を贈ると、冷たい目で見られます。
その昔、ある貴族が自分の色が入った装飾品を大量に発注して、それを懇意にしているたくさんの女性に配ったという話があるのです。
本当にそれ、私のために用意したものなの? と思われてしまい、恐ろしいことになるのです。
アンジェリカ王女殿下が、真面目な顔をしてジーっとこちらを見つめてきます。美しい顔で、そんなに見つめられると照れます。
「不思議。あなたといると、なんだか楽なのよね。どうしてかしら?」
「どうしてですかね?」
聞かれても私には、なんとも答えにくい質問です。嫁ぎ先の妾にしてもいいと思うくらいには、気に入られているのは、なぜでしょう?