5.見初めたのはお義父様
「よし、今日は私が屋敷を案内しよう」
お義父様、お仕事はいいんですか? しかし、お義父様の心遣いを無にできませんよね。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
ちゃんとお辞儀をして敬意を表しますよ。
ドワイアン辺境伯の屋敷は、わが男爵家の屋敷よりすごく大きいです。以上!
いや、嘘です。ごめんなさい。
全体的に真っ白な建物で、差し色に青を使っていますね。左右対称の構造になっていて、上品な植物などの装飾が施されています。
一階は社交用の広間や客室、応接室などがあります。
二階と三階は辺境伯家族の居住区、自室もそこですね。
大きなお庭があり、使用人たちは別棟に住んでいます。
そんな感じで、お義父様が案内をしてくださいました。
今はお庭にいます。
花壇がたくさんあって、彩りどりの花が咲いています。中央に噴水があり、四阿もあります。
あそこでお昼寝したら気持ちいいでしょうね!
「レティシアちゃん」
「はい、お義父様」
噴水の前で立ち止まったお義父様がなぜか遠い目をしています。どうしたのでしょうか? なにか飛んでますか?
「私がレティシアちゃんを初めて見たのは、君が社交界デビューした王宮の舞踏会だ」
いきなり自分語りが始まりました。
補足すると、この国では16歳になる年に貴族令嬢は社交界デビューとして王宮の舞踏会に参加します。
もちろん私も参加しました。
「あの時、君は上級貴族の令嬢たちに絡まれていたね」
ああ、思い出しました。
長時間にわたる馬車の旅がつらすぎて気分が悪かった私は、外の空気を吸おうとテラスにでました。
そこで、上級貴族の令嬢たちにケチをつけられたのです。
田舎者がーとか、なにそのドレスとかクスクス笑われたわけです。普通のドレスでしたが、王都では流行遅れだったのです。
知りませんよそんなの。
「君は、彼女たちに水をかけられていた」
はい、その通りです。反応を見せなかった私に対して、令嬢たちはグラスに入った水を顔にかけてきました。冷たかったです。
「笑いながら彼女たちが去っていった後、君を心配した男性が声をかけたろう?」
「ありがたいですね」
確かにいました。それはお義父様ではなく、もっと若い人でしたね。
「すぐに着替えたほうがいいとその青年は言ったが、君はこう答えた」
『今日は暖かいので、しばらくすれば乾きますよ。ご心配なく』
二人の声が合いましたね。うん、確かにそう答えましたよ。
「その時思ったんだ。息子の嫁は、君しかいないと……」
全く、意味が分かりません。どういう流れでその結果に結びついたんですか?
「彼女たちに水をかけられても、冷静さを失わず、凛とした佇まい。怒ることのない大らかさ、誰にも迷惑をかけないように配慮する気づかい。
全てが備わっていると私はみたのだ」
ここは、感動するところなのでしょうか?
水をかけられても冷静だったのは、気分が悪かったのがスッキリしたからです。
別に怒るほどのことでもないかなとは思いましたよ。だって赤ワインとかならともかく水ですよ?ほっときゃ乾くでしょう。
それよりも……
「お義父様は、私が絡まれていると気がついたのに、助けてくれなかったんですね」
思わず声に出てしまいました。
「その時、息子の嫁は、君しかいないと思ったのだ」
無視ですか。そうですか。目が泳いでますよ、見えてます。
つまり、素行不良の息子の嫁として、浮気されても冷静さを失わず、怒らず大らかに、誰にも迷惑をかけないように配慮しろと……そういうことですね?
殴ってもいいですよね、コレ。
「息子をよろしく頼む」
猛烈に断りたいですね。
「今更逃げられないので、できる限りのことはします」
「うむ。苦労をかけるね」
苦労するとは思っているんですね。