48.クラウスの覚悟
アンジェリカ王女殿下は、顔をパッと上げて、クラウス様を見ました。焦ったような悲壮感が漂う表情です。
「だったら、クラウスが私を娶ればいいのよ!! その子とは、離縁して……そうね、妾にすればいいわ。
その子なら私も仲良くできる気がするもの。
ねぇ、クラウス。私のためを思って自分が犠牲になったのなら、私を愛しているのよね?
私、ユリウスとの結婚は、絶対に嫌よ!!」
おっと。これまた、えらい提案をなされましたよ。
離宮での隔離は、気の毒だと思いますが……私、妾になるんですか?……うーん、まあ、王女殿下と元男爵令嬢じゃあ、そうなるのかな?
でも、それは嫌だなぁ。
鬱々とした気持ちになっていると、クラウス様が私を庇うように移動しました。背中しか見えませんが、力強い声が聞こえます。
「殿下、その申し出はお断りいたします。私は、妻を……レティシアを愛しています。彼女以外を妻に迎えるつもりはありません」
「へ?」
変な声が出てしまいましたが、今なんて言いました?……幻聴?愛……愛している?
クラウス様が一体どんな表情をしているのか、後ろ姿じゃわかりません。
「なによそれ?」
「……たしかに、私は王女殿下をお慕いしておりました。ですが、結婚してから、ずっと寄り添い、自分の身を顧みず私の命を救ってくれた……シアは、私にとってかけがえのない存在です。
彼女だけは、失いたくないのです」
温度が20度くらい上がっていませんか?
ほっぺを触るとすごく熱いんですけど。
私、ずっと寄り添ってましたっけ? 命を救ったのも、あれはたまたま、怪我をして欲しくないと思って、身体が勝手に動いちゃっただけで、特に深い意味は……。
この空気……言えない、とてもそんなこと言えません。
「アンジェリカ、これ以上、王家の恥を晒すな。お前は、ユリウス王子との結婚か離宮への隔離か、どちらかしか選べないと思え」
最後通告のように、テオフィル王太子殿下は、きっぱりと言い放ちました。アンジェリカ王女殿下は、顔面蒼白で今にも倒れそうになっており、隣にいた護衛が支えています。
気絶とかしたことありませんが、私も倒れてしまいたいです。
「今まで、お前の自分勝手な振る舞いを止められなかったことは、私も陛下……父も申し訳ないと思っている。
だからこそ、これ以上、甘やかすわけにはいかない。
厳しい土地で、自らを見つめ直し、お前が成長できるように協力は惜しまないつもりだ。
お前はまだ若い、まだまだやり直せる」
初めて見せた優しい目の王太子殿下を見て、アンジェリカ王女殿下も思うところがあったのか、目元が潤んでいます。おぉ、感動の兄妹の愛ですね。
「……お兄様」
王太子殿下も陛下もアンジェリカ王女殿下を見捨てるわけじゃないんです。家族愛、素晴らしいです。
テオフィル王太子殿下は、私たちに視線を向けてきました。
「2人にも迷惑をかけたな」
「いえ」
クラウス様が頭を下げたので、私も慌てて下げます。
いろいろと、分からないことだらけですが、取り敢えず、上手くまとまったようで、ホッとしました。
「顔を上げてくれ」
顔を上げた時、もうテオフィル殿下は、こちらを見てはいませんでした。
「ヘルツベルク王、ユリウス王子とアンジェリカの婚姻については、あらためて場を設けますと陛下が申しておりました」
「了解したと、伝えてくれ」
「はい」
チラリと辺りを見渡し、今更、気がつきました。
普通なら、この場に側近や近衛兵がたくさんいてもおかしくない場面なのに、誰もいない。
何もかも、秘密裏に両国で取り決められていたのでしょうか?
こうして、騒動は一件落着……でいいんですかね。
それより、誰か冷たい飲み物を用意してくれませんか?
身体が火照って、堪らないんです。助けてください。
とても、クラウス様と目を合わせられる気がしません。