47.悪役令息
その場にいた全員の視線が発言者に向きました。
「お、お兄様?」
目を白黒させながら呟いてたのは、アンジェリカ王女殿下です。
彼女にソックリの風貌をした若い男性は、エメラルド色の瞳の中に彼女を見据えて、ゆっくりと近づいてきました。
「ようこそ、テオフィル王太子」
「お久しぶりでございます、ヘルツベルク国王」
思った通り、彼は王女殿下の兄であり、王太子のテオフィル様のようです。
輝かしい未来が約束されているわが国の次期国王陛下。
「こたびは、愚妹がお騒がせして申し訳ございません」
「いや、こちらも愚息が迷惑をかけた」
一気に緊張が走ります。テオフィル王太子殿下の視線が王女殿下に向けられます。
「アンジェリカ、お前には、ユリウス王子と婚姻を結んでもらう」
「お、お兄様、私にこの浮気者と結婚しろというの!?」
「拒否権はない。騒動の責任を取れ」
「ひどいわ!!」
手で顔を覆って叫ぶアンジェリカ王女殿下。
「ユリウス、いまテオフィル王太子が言った通りだ。お前には、アンジェリカ王女と婚姻を結んでもらう。
婚姻後、臣籍降下し、公爵位を与える。ボードヴィルの地を治めよ」
「お、お待ちください! ボードヴィル? あんな一年の半分は雪で覆われた氷の地を私が治めるのですか!?」
ヘルツベルク国王の決定に、ユリウス王子は声を荒らげました。すごく寒そうで、暮らしにくそうな場所ですね。冷え性の人には、つらい。
「お前のしたことは、両国の平和を脅かす行為だ。
ドワイアン次期辺境伯の婚約者であったアンジェリカ王女を奪うような真似をした。
それだけでなく、結婚を約束したからこそ託された指輪を、反故にしようとしたにもかかわらず、返還もしないという失態。言い訳は聞かぬ」
「そ、そんな!!」
この世の終わりとでもいうように、顔が青ざめるユリウス王子。言い返すこともできませんよね、事実のようですし。
「心配をするな。2人の婚姻は、両国の絆を深めるもの。
お前は、ボードヴィルの地をより良くしようと決意し、わが国の発展のため、自ら志願して領主になることを選んだ気高き王族として名を馳せることになるだろう。期待している」
なるほど。両国間で起きた問題を公にせず、ユリウス王子に罰を与えるとともに、美談として語り継がれる背景を用意しているのですね。
「冗談じゃないわ! 一年の半分は雪で覆われてる? そんなところで暮らすなんて絶対に嫌よ!」
うなだれているユリウス王子に代わって、アンジェリカ王女殿下が叫びました。
「アンジェリカ。これは、温情だ。お前は二度、失態を犯した」
「失態?」
「最初の失態は、クラウスとの婚約をどうするのか、選択させた時だ」
「はあ?」
意味がわからないといった様子のアンジェリカ王女殿下に対して、王太子殿下は、淡々と述べます。
「お前は、婚約者がいながら、わが国に訪れたユリウス王子と親交を深め過ぎた。
それを知った私は、クラウスにそのことを伝えたよ。
クラウスは、2人で話し合ってみると言ったが……それは、叶わなかった。
お前は、侍女に話していたな。クラウスをなんとも思えない、自分が愛しているのはユリウス王子だと。
それを聞いたクラウスは、自ら身を引いたんだ」
自ら身を引いた?
「お前に瑕疵がつかないように、自らの身を犠牲にしたんだよ。自分の悪い噂を王都で広めてな」
「え?」
「悪い婚約者から解放され、憂いなくお前が愛する人と結ばれるようにと願ったんだ」
……クラウス様は、自ら悪役を買って出たということですか?
あんなにアンジェリカ王女殿下を愛していたのに?
思わず隣にいたクラウス様を見上げると、怒られた子どものような情けない顔で、私を見下ろしていました。
「それでも、お前が自分の立場を理解していたら……ドワイアン次期辺境伯の妻になる必要性をわかっていたら、選択をさせた時に、婚約破棄を選ばなかったはずだ」
「……そんなの、知らなかったもの」
「そうか? クラウスと長く付き合っていたお前ならわかったはずだ。彼の悪い噂が嘘であることをな。
だが、これ幸いにと婚約破棄を選んだろう」
痛いところをつかれた王女殿下は、目を伏せました。
「それでも、新たな相手が隣国の王子……国にとって、悪い話ではなかったから、認められた。だが、結局お前のワガママで、それすら反故になりかけている。
これが、二度目の失態だ。
もし、ユリウス王子と結婚をしないというのなら、離宮で隔離されることを覚悟しろ」
「そんな……」
離宮での隔離、それは実質二度と社交界に出られず、結婚もできないということ。
若い女性にとっては、それはそれは厳しい内容です。