46.指輪の行方
最初に呼び出された日以降、たまに王女殿下から部屋に来るように言われています。三、四日に一度くらいですが。
自国の王都から遠く離れた地、しかも貴族社会とあまり縁もゆかりもなさそうな私は、警戒心も持つ必要がなく、話しやすいのかもしれません。
彼女は、亡くなった王妃殿下のことを特に話されました。
優しくて、頼り甲斐があって、いつも自分を守ってくれた美しい母親が、大好きだったようです。
お母様は、私の願いを何でも叶えてくれたわ。
お母様が一番大事にしていたのは、私なのよ。
お母様は、いつも私に愛していると言ってくれたわ。
私の幸せがお母様の幸せなんですって。
私もお実母様のことは大好きですが、王女殿下の母親への依存は、とても強くて、歪なものに見えます。
2人の親子関係がどういったものだったのか、詳しくはわかりませんが、いい関係とは言い切れない気がします。
そんなこんなで、半月ほどかけて、王都へと到着しました。
本来なら、もう少し早く着く予定でした。
相変わらず、わがまま王女様に振り回され、休憩も多くとったので、かなり時間をとられたのです。
そのおかげで、私もあまり疲れずに済んだので、助かったともいえます。
ヘルツベルク国の王都は、当然のことながら自国の王都とは趣が違います。
どことなく丸みを帯びた建物が多く、オモチャみたいな可愛らしい街並み。王宮は、色彩豊かで、屋根が玉ねぎのような形をしています。
私たちが到着したことを、ヘルツベルク王家は、歓迎してくださいました。
迎え入れられた私たちは、早速、ヘルツベルク王に謁見します。
しがない男爵令嬢あらため、次期辺境伯夫人は、国王に謁見するのです。
謁見できるのは、アンジェリカ王女殿下、クラウス様、私、それと王女殿下の護衛1人のみです。後は待機。
謁見の間は、真っ赤な絨毯が敷かれていました。何本もの柱を横切り、ゆっくりと進んでいくと王座があります。
そこに腰掛ける男性がヘルツベルク国王なのでしょう。
威圧感のある厳つい面構えのがっしりとした、風格のある男性です。ベージュ色の短い毛先、頭に乗っている黄金の王冠が彼を王たらしめるものなのでしょう。
「ようこそ」
お腹に響く低音で、ヘルツベルク国王が出迎えてくれます。クラウス様が礼をとったので、私もそれにならいました。
王女殿下は、礼もせず、ジッと前を見つめています。
その視線の先には、国王の隣に立つ若い整った顔立ちの男性。小顔で線が細く、一見すると女性にも見える中性的な彼もまた、アンジェリカ王女殿下を静かに見つめ返しています。
2人の微妙な空気を無視するように、国王は、クラウス様に声をかけました。
「クラウス卿、此度は婚礼の儀、つつがなく……おめでたいことだ」
「ありがとうございます。今後も、わがクルベール国とヘルツベルク国の平和を願い、辺境伯を継ぐ者として勤めていく所存です。よろしくお願いいたします」
「もちろんだ。長く続いた両国の平和は、これからも永遠であることを願っている」
「ありがたいお言葉でございます」
形式的な挨拶の後、クラウス様が私を国王に紹介してくれました。緊張したものの、それも何事もなく終わります。
事件です。
「ユリウス!! 私の指輪を返しなさい!!」
ピシッと人差し指を中性的な若い男性に向けたのは、アンジェリカ王女殿下でした。
「あれは、君が私にくれたものだよね?」
ユリウスと呼ばれた男性、恐らく彼が、第三王子なんだと思います。彼は、シレッとした顔でそう答え、その態度が王女殿下の怒りに火をつけます。
「あげた覚えはないわ! 私を騙して奪ったくせに、この詐欺師!」
「人聞きの悪いこと言わないで欲しいんだけど」
2人の言い合いに、陛下もクラウス様も静観しています。いいのですか、止めなくて?
私はおろおろしてしまいます。
「ふざけないで! 私を愛しているといった側から、侍女に手を出したくせに! この浮気者!」
「それは、君が勝手に勘違いしたんじゃないか。
人の話も聞かないで、罵倒するだけ罵倒して、君には愛想が尽きたよ」
えっと……あれ? これって、ただの痴話喧嘩?
「浮気者を罵倒するのは当然でしょう! あんたとは、会話をするのも不愉快よ!! とにかく、指輪を返しなさい!」
「それが勘違いだって……そもそも、あの指輪の所有権はこちらにある。あれは、3代前の平和条約締結時に、クルベール国へ嫁いだ王族のものだ」
うーん、それだとやはり、所有者はアンジェリカ王女殿下だと思います。素直に形見の指輪を返してあげてください。ややこしい揉め事はやめましょう。
「そんなの関係ないわ! あの指輪はお母様の大切な形見なのよ!あなたが私と結婚すると約束してくれたから、渡したもの。裏切ったあなたが持つものじゃないわ!!」
「私は裏切ってなんか……!!」
結婚の約束までしてたのですか?
2人のやり取りをボーッと見ていましたが、一体何が真実で何が嘘なのか、判断がつきません。
そんなことを考えていると、背後から凛とした声が聞こえました。
「そこまでだ!!」