45.わがままの理由
不機嫌そうに叱咤されるというようなことはなく、アンジェリカ王女殿下は、しごく穏やかに話し始めました。
「あなたと話してみたかったの。でも、屋敷であなたに接触しようとすると、邪魔が入るのよね。
辺境伯夫人に話しかけられたり、屋敷の使用人が目の前で転けたり、大きなテーブルを運ぶとかで道をふさがれたり……」
なんということでしょう。
お義母様、使用人の皆さん、私を守ってくれていたんですね。ありがとうございます。
嫁は感動で涙が出そうです。
「ねぇ、あなた、クラウスと結婚して幸せ?」
「へ?」
「ほら、あの男……女の言うことを聞いていれば、それでいいだろうっていう感じじゃない?」
……王女殿下から見ると、そういうことになっちゃうんですね。否定できないのが辛いところです。
クラウス様、ごめんなさい。これは、庇えません。
「便利は、便利だったけどね。どんなに珍しいものをお願いしても、手に入れて、持ってきてくれたから」
完全にカモにされています。
ちょっとだけ、王女殿下の気持ちもわかります。
なんでも頼めば持ってきてくれるなんて、なんて素敵な配達人。いやいや、駄目ですよ。
「こんなことになるなら、婚約破棄なんてしなければよかったわ」
憂鬱そうに、王女殿下はソファの肘掛に肘を立てて、手に顎を乗せています。
それだけで、絵になりますね。
ため息が出てしまうほど美しい人。クラウス様が一目惚れしたのも納得できます。
「婚約破棄は、クラウス様の噂が原因なんですよね?」
尋ねると、王女殿下はおかしそうに鼻で笑いました。
「まあそうね。でも、あんなのデタラメでしょう。
クラウスが女を侍らしているとか、後なんだったかしら?……どうでもいいわね。
あの男にそんなことができる度胸があるわけないもの」
「それなのに、婚約破棄したんですか?」
嘘だとわかっていたなら、婚約破棄をする必要はなかったのでは?2人の婚約は、王家と辺境伯家とを結ぶ大切なものだったはずです。
「私にだって事情があるのよ。察しなさい!」
何をどう察しろと?
しかし、これ以上追及すると、機嫌を損ねそうなので、黙ります。
いろいろ……隣国の王子様と関係があるんですかね?
相当親しくならないと、指輪を奪われるような事態に陥りませんよね?
お二人は、特別な関係だったのでしょうか?
「あーあ、美形で男らしくて、けれどどこか可愛くて、撫でまわして愛でたくなるような殿方が私を攫ってくれないかしら……?」
気怠そうな色気を放つ王女殿下ですが、攫われたら大問題なので、恐ろしいことを言うのは、やめて下さい。
いろいろと内容の濃い殿方を求めていますが、隣国の王子とは何もないのでしょうか?
2人の関係性がイマイチ見えてきません。
「あなたもそう思うでしょ?自分だけを愛して、大事にしてくれる人よ。それから……」
王女殿下の話を遮るように、ドンドンっと扉がノックされます。
「アンジェリカ王女殿下、夜分遅くに申し訳ありませんが、レティシアはここにいますか?」
扉の外から聞こえたのは、クラウス様の少し焦った声でした。
「あら、旦那様のお迎えね。あなた、帰っていいわよ」
「は、はい」
いったい呼び出して、何がしたかったのですかね?
許可を得られたので、私はお辞儀をした後、部屋から出ます。部屋の前にはクラウス様が待ち構えていました。
「シア、大丈夫か?」
冷静さを欠いた様子のクラウス様に、私はニコリと微笑みます。
「大丈夫です。少し、お話をしただけですよ」
「そうか」
ホッと胸をなでおろしたクラウス様が、部屋まで送ると言ってくれたので、お言葉に甘えました。
「いったい何を話したんだ?」
「よくわかりません。ただ、結婚して幸せかと聞かれました」
「……そ、そうか。どう、答えたんだ?」
「いえ、答える前に、王女殿下が色々と話し始めたので、答えませんでした」
「そうか」
何やら落ち込んだようにクラウス様が肩を落としています。
カモにされていた話はしていないのに、何を落ち込んでるんですか?
「もしかして、王女殿下は、淋しいのでしょうか?」
「どういうことだ?」
「なんとなくですが。話があると言われて行ったんですけど、会話というより、話を聞いてほしいという感じだったので」
「……どうだろうな」
小さい子供がワガママを言って親を困らせるのは、関心を引きたいからだとお実母様が言っていました。
王女殿下もそうなんでしょうか。