42.わがまま王女様
アンジェリカ王女殿下は、起きた後もわがままを言い放題でした。あれが食べたいだの、これはないのかだの、退屈だから話し相手になりなさいだの、もっと面白い話をしろだの。
彼女が連れてきた侍女や護衛たちが相手をしていたので、特に問題があるわけではないのですが、見ているだけで、なんだかなぁと思ってしまいます。
その夜、クラウス様が部屋にやってきて、今後のことを話してくれました。
「色々と迷惑をかけて、すまない」
心底疲れた表情で、朝よりもげっそりしているクラウス様。今日は、お酒を飲まないようです。
「クラウス様こそ、大丈夫ですか?」
「……ああ。今後のことなんだが……その、こんなことを君に頼むのは、本当に申し訳ないのだが、一緒にヘルツベルク国へ行ってもらえないだろうか?」
「え?」
私が隣国へ? いったい何がどうなってそんな展開に?全く想像していませんでした。
「詳しく説明できないが、アンジェリカ王女殿下を連れて隣国へ向かうことになった。
形式上は、次期辺境伯の私と、その妻のシアが結婚の報告をしに、ヘルツベルク王に謁見するということになる。
王女殿下は、その付き添いとして同行してもらう」
詳しく説明できないということは、何かしらの密命を受けているということでしょうか。
そういえば、王女殿下が湯浴みをしている最中に、護衛の1人が、クラウス様に手紙を渡していましたね。
あれに何かが書かれていたと考えるのが妥当でしょう。そうでなければ、隣国に向かうなどという彼女のわがままを叶えるわけがありませんし、決断が早すぎます。
お義父様とクラウス様にこんな決定をさせるということは、それなりの地位の方……陛下か、もしくはそれに近い側近からの手紙だったのですかね?
隣国の王に夫婦として謁見、王女殿下つき。悪い話ではありません。
彼女が私たちに付き添うということは、クラウス様への婚約破棄後に、王女殿下は、過去のことを水に流した。
王家とドワイアン家はこれからも、手を取り合って協力していくという証明になります。
ただし、それは彼女が大人しくしてくれた場合に限ります。嫌な予感しかしませんし、隣国の王子や指輪のことも気になります。
憂鬱でしかありません。
「わかりました。お供いたします」
私の答えはこれしかありえないんですよね。他の選択肢があるなら教えていただきたいです。行かない方がややこしいことになりますよ、絶対。
クラウス様は、あからさまにホッとした表情を浮かべています。夫婦になった以上、死なばもろともですからね。お付き合いしますよ。
「ありがとう、シア」
「クラウス様、お疲れのご様子ですから、今日は早くお休みになられた方がいいのでは?」
顔色が良くないです。そういう時は暖かくして眠るのが一番です。
「ああ。そう……いや。もう少し話をしてもいいだろうか?」
「はい、なんですか?」
他にもまだなにかあるんですか? もうこれ以上、ややこしいことはごめんです。
「君を巻き込んでしまって、すまない」
「え?」
「……こんなことになった責任の一端は、私にもあるんだ」
クラウス様は、懺悔するかのようにこうべを垂れています。いったいどうしたんですか、いきなり。
「王女殿下と婚約していた期間……嫌われてはならないと考えていた私は、彼女の要望を全て叶えていた。
今でも私がいうことを聞いてくれると彼女は、思っているんだろう」
知ってますよ。散々聞かされましたからね。嫌われてはならないとというより、ベタ惚れだったんですよね。
「前に、シアが言っていただろう? 優しいだけが愛じゃないと」
そんなこと言いましたっけ?……ああ、ヤーナさんに厳しいことを言われた時に、そんなことを言った気もします。よく覚えてましたね。
「その通りだと思ったんだ。彼女のことを思うなら、言いなりになるだけではなく、きちんと異を唱えるべきだったと」
それはそうですが、クラウス様が全部悪いとは思いませんよ。叱らずに溺愛するだけの王妃殿下、それを止められなかった陛下やきょうだい達。
今も彼女の要望を叶えている周囲の人々。
人の性格形成の原因は、多角的です。
「クラウス様が簡単にそんなことができる立場にないのは、理解しています」
相手は、王族ですからね。下手に不興を買うわけにはいきません。王女殿下を慕う気持ちも、王族相手に嫌われてはならないという気持ち、どちらも真実だったのでしょう。
「ありがとう。……その、だな。わ、私も、シアが妻で良かったと思っているぞ」
「そうですか? ありがとうございます」
お義母様と王女殿下の関係を考えれば、私の方がマシだったはずです。
主に心労と頭皮の面で。よかったですね、クラウス様。
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