41.平和のための犠牲
「隣国ヘルツベルクの第三王子ユリウス・グリム・ヘルツベルクが私たちを嵌めたのよ!!」
これはまた大物の名前が出てきました。
しかも隣国の王子様など、もう国際問題です。
「……お話はわかりました」
え、今のでわかったんですか?クラウス様すごいですね。それとも、私の知らない何かがあるのでしょうか?
「本当ね! じゃあ、一緒にヘルツベルク国に行って、あの男から指輪を取り戻してちょうだい!」
断られるなんて微塵にも思っていなさそうな王女殿下は、嬉しそうに手を叩いています。
これは、さすがに勝手に行動できる事案ではありませんよ。
「王女殿下、これはヘルツベルク国との国際問題に発展しかねないことです。慎重にことを運ばねばなりません。
今すぐに隣国へ発つことはできかねます」
「なんですって!? ことは一刻を争うのよ! さっさとあの男から指輪を取り返してちょうだい!
私たちを嵌めた男よ。クラウス、あなたはあの男に復讐するべきだわ!」
恐ろしいことを言ってますよ、王女様。
いくら相手がクラウス様の悪い噂を流したかもしれないとはいえ、隣国の王子を害するなんて、死罪ものです。下手をすれば、両国の関係が悪化して、戦争になりますよ。
「王女殿下、発言には気をつけてください。永らくわが国と隣国は平和な関係ですが、これが恒久的に続くとは限らないのです。小さな綻びが、平和を脅かす可能性もあるんです」
クラウス様は、真剣な面持ちで話していますが、王女殿下は不満げに腕を組んでいます。
この人、大丈夫でしょうか?
いくらなんでも無茶苦茶です。形見を奪われたのは気の毒ですが、指輪を取り戻すために、隣国と戦争が起こっても構わないということですか? 一番被害を受けるのは民ですよ。
失礼を承知ですが、彼女の教育はどうなっているんですかね。
納得いかない様子の王女殿下ですが、長旅で疲れていたのは確かだったらしく、湯浴みを済ませて、少し食べ物をお腹の中に入れると、客室でお休みになられました。
「レティシアちゃん、大丈夫?」
「……はい」
お義母様が部屋にやってきて、心配そうに付き添ってくれています。クラウス様とお義父様は、話し合うと言い残して、執務室に行きました。
今後どう対応するつもりでしょうか。一番いいのは、このまま王女殿下が王宮に帰ることです。
もし隣国の王子がクラウス様の悪い噂を流したとしても、下手に糾弾できません。国家間の問題に発展します。
それを知っていたから、クラウス様は涙を飲んで、王女殿下の婚約破棄を受け入れたのでしょうか?
ますます可哀想です。
その苦労を王女殿下は無下になさろうとしています。
「アンジェリカ王女殿下の母親……、つまり王妃殿下が崩御されたのは知っている?」
「はい」
2年ほど前でしょうか、王妃殿下は病気で亡くなりました。
とても美しく、聡明な公爵家の令嬢で、陛下とはがっつり政略結婚でしたが、仲睦まじいと聞いたことがあります。
「王妃殿下は、ことの外アンジェリカ王女殿下を可愛がられていたの。それはもう溺愛といっていいほどだったのよ。
叱ることもなく、ただただ甘やかした。
だから、彼女は自由奔放に育ってしまったの。よく言えば無邪気だけど、思慮に欠けるともいえるわ」
お義母様、結構辛辣ですが、私も同意見です。
父親である陛下は、何をしていたのですかね?甘やかしを放置したのでしょうか……。
「彼女に、次期辺境伯夫人が務まるのか、以前から心配はしていたの。王女殿下が降嫁したら、一から教育し直そうと思っていたのだけどね」
ニッコリ笑顔のお義母様ですが、目の奥が笑っていません。あまり好ましいとは思っていないんですね。
もし王女殿下と結婚していたら、嫁姑問題が勃発して、間に挟まれたクラウス様は、きっと気苦労が絶えず頭皮が心配になっていたことでしょう。
想像するだけで恐ろしいです。