38.阻止です。
翌朝、爽やかな笑顔で、シア、おはようと声をかけてきたクラウス様。愛称のくだりは覚えているようですが、おかしな行動のことは、覚えていないようです。
昨夜はなかなか寝付けなくて、寝不足です。
ちょっと腹が立ちました。
ええ、ええ。別に、悪くないですよ。子を成す必要がありますから、そういう気になったのは喜ばしいことです。
ですが、事務的でいいですし、結局眠ってますからね!!
そもそも、あんな、わけのわからない口説き文句みたいなことをいう必要はないんです。
あれでは、まるで好かれているみたいじゃないですか!
すか……好かれてる?
好かれているのですか??
え、本当に?
クルミの入った香ばしい匂いのするパンを美味しそうにモグモグと食べているクラウス様を見ると、なぜか嬉しそうに微笑んできました。
いつの間に好かれていたのですか?
私、何かしましたか?
全く心当たりがありません。
はっはーん。わかりましたよ。私は知っているのです。昨日のは好きとかではなく、魔が差したのでしょう。
うん、そうだ。きっとそうに違いないです。
あれです、お酒がはいって、ちょっと欲望に忠実になっちゃっただけです。
お実母様が言ってました。男の子はそういう時があるのだと。
ふう、驚いた。
眠れなかった時間を返していただきたいです。
気を取り直して、いつものように穏やかな日を過ごしていたのですが、その日の夜もクラウス様が部屋にやって来ました。少し気まずいです。
そんな私の慎み深く、繊細な気持ちを全くわかっていないクラウス様は、いつも通り酒をチビチビ飲んでいます。
「シアに提案があるんだ」
「提案ですか?」
笑顔を崩さず、平常心です。私はやればできる子です。
「今度、コウトナー男爵家に行こうかと思っている」
「え?」
クラウス様が、私の実家に何のご用ですか?
「その……シアのご家族にきちんと挨拶できていないだろう? 結婚式の時も、軽く話したくらいだったから、あらためてと思ってな」
確かに、あまりゆっくりすることなく私の家族は、自領に帰ってしまいました。
お実母様は、適当に頑張りなさいとありがたい言葉を残して、去って行きました。
それにしても、今更、どういう風の吹き回しでしょうか?
「シアも家族に会いたいんじゃないか?」
「……それはそうですが、クラウス様もお忙しいのでは?」
「つ、妻のために時間を作るのも、夫の務めだ……」
「はあ」
家族に会えるのは嬉しいですが、往復するだけでも、かなりの時間がかかります。本当に大丈夫なのでしょうか。
1杯目を飲み終えたクラウス様。
いつもなら2杯目を注ぐところですが、私は躊躇します。
もし、昨日のようになったらどうしよう?
どちらにしろ、すぐに眠ると思いますが、変なことを言われると、ゾワゾワするんですよね。
「もう1杯もらえるか?」
おう。困りました。
2杯目を妨害しなければ、かのエロスな人が降臨してしまいます。なんとかうまい言い訳を……。
「く、クラウス様!」
「ん?」
「2杯目はやめましょう!」
不思議そうに目をパチクリとさせるクラウス様。
驚きますよね、申し訳ないです。
「どうしたんだ?」
「そ、それは」
しどろもどろになりながら、私が出した結論は……。
「2杯目を飲むと、クラウス様はすぐに眠ってしまいます。えっと……私は、もっとクラウス様とお話がしたいのです!」
完璧な理由ではないですか!
あれ、クラウス様が氷のように固まっています。どうかしましたか?
「そう……だな。今日は、1杯だけにしておこう」
機嫌が良さそうにテーブルの上にグラスを置いてくれたので、これ以上、飲まないようです。よかった。
何を話しましょうか。……全く考えていませんでした。
この前、孤児院の子供たちと遊んだ話がいいですね。
ハミルトン様とヤーナさんのことは話しちゃダメですが、それ以外ならいいでしょう。
とても可愛い子供たちと猫ちゃんの虜になるがいいです。