36.ハミルトン様の事情
虚空を見上げているハミルトン様の背中には、哀愁が漂っています。
「見られていたんですね」
孤児院の庭に戻ったルルナちゃんは、彼にもらったパンを子供たちとわけあっています。
少し離れた場所で、私たちはそれを眺めているところです。
「すみません。立ち聞きするつもりでは、なかったのですが……」
ごめんなさい。本当はすごく覗いていました。ちょっと罪悪感が。こんなことになるとは思っていなかったんです。
「こちらこそ申し訳ありません。聞いてたなら、ヤーナが誰を想ってるか、わかっちゃいましたよね」
苦笑するハミルトン様ですが、とっくの昔に知っていました、はい。
鼻で笑ったバルがまた余計なことを言い出します。
「レティ相手じゃ、勝てるかもって思っても……スミマセン」
冷たい目をしたモニカのひと睨みで、バルは口を噤みました。そのまま、ずっと黙っていてください。
「あいつ、ずっと隊長の背中しか見てなかったんですよ。せめて、隊長の右腕として役に立とうとしてたんです。
それを見てたら、なんて不器用なんだろうと思って、なんとなく放って置けなくて……」
そこで、愛が芽生えちゃったわけですね。
ステキですね。助けてくれた英雄と見守ってくれている騎士。揺れる乙女心です。
ハミルトン様の叩かれた頬がほんのり赤くなっているのを見ると、ヤーナさんが揺れているのか不安になりますが。
バシンとバルが元気付けようと、彼の背中を叩きます。
「頑張れよ、青年!」
ゲホッと咳き込んだハミルトン様が不思議そうにバルを見上げました。
「えっと、あんたは?」
「ん?」
そういえば、バルを全く紹介していませんでした。新しく護衛になった人だと説明すると、ハミルトン様は納得してくれたようです。
「俺は、ハミルトン・ギュンターだ」
「ギュンターっていえば、伯爵家だよな?」
ハミルトン様とバルはお互いに握手を交わしています。ほう、伯爵家の方なんですね。
「もしかして、あのラインハルト隊長の弟さんか?」
「……ああ」
歯切れの悪い返事をしたハミルトン様は、どことなく嫌そうに見えます。兄弟仲があまりよくないのでしょうか?
「はっはーん。出来のいい兄貴に嫉妬でもしてんのか?」
「何を!?」
こらこら、人の柔らかい部分をえぐるようなことを言うんじゃありません。
「あんな鬼才な兄貴がいたら、やさぐれる気持ちもわかるぞ。本当、あの人化け物だよな。
顔色一つ変えねぇ、汗一つかかねぇで、何十人と相手にするからな」
「……兄を知ってるのか?」
「ああ。隊は違うから、接点はほとんど無かったけどな」
「そうか」
つまり、ハミルトン様のお兄様は、化け物じみた強さをもつ国軍所属の隊長さんということですね。
となると、伯爵家はお兄様が継ぐから、弟のハミルトン様は、自由に生活しているということですかね。
爵位を継がないのなら、平民のヤーナさんと結ばれるのも不可能ではないかもしれません。
「あんたとは気が合いそうだ。俺も兄が上に4人もいてな。弟も下に2人。それぞれ得意な分野は違うんだけどなー。
色々と兄弟には苦労させられてんのよ。どうだ、今度飲みに行かないか?」
「あ……ああ」
いつの間にか、約束を交わしています。
やはり侮れませんね、バル。こうやって人の懐に入ってくのが得意なのです。
領民全員と……子供は除く。酒飲み友達になるのも時間の問題かもしれません。
私も負けていられませんね!