35.つれない女
休憩も終わり、そろそろ屋敷に戻ろうかと思います。
帰ることをルルナちゃんに伝えたかったのですが、見当たらず、どこかに行ったのでしょうか?
子供たちに尋ねると、庭に出て行ったと教えてくれたので、捜しにいくことにしました。
庭にもいなかったので、門の方にも行ってみると、柱の陰で、隠れるように外を見ていました。
「ルルナちゃん?」
肩がピクッと動き、彼女は顔だけこちらに向けて、人差し指を口に当てると、シーっとしています。
口をつぐんだ私も、静かに近づきます。彼女は、外に向かって指差しました。
「……ヤーナさん?」
壁際に立っていたのは、ヤーナさんでした。
「なぜお前とそんなところに行かなければならないんだ」
「別にいいだろ。……俺たち同僚だし」
彼女に声をかけているのは、は……は……ハミルトン様です。銀髪の槍使いですね。久しぶりに見たので、ちょっと名前を忘れかけてました。面目無い。
小声で教えてくれるルルナちゃん。
「ハミルトン兄ちゃんが、一緒に出掛けようってお姉ちゃんを誘ってるのよ」
おやおや、それはそれは。
「へぇ、美人だな。彼女」
後ろから余計な一言を挟むバルは、無視でいいですね。
心底、不思議そうに首を傾げているヤーナさん。
「同僚だから、なんだというんだ?」
全くハミルトン様を相手にしていないようです。
少々、気の毒な気がしますが、ハミルトン様は、不機嫌そうにため息をつきました。
「……もういいだろ」
「何がだ」
「隊長は、既婚者なんだぞ。どんなに想ったって、お前の方を向くことは……いっ!」
顔を真っ赤にした彼女は、ハミルトン様の頬に平手打ちをしました。パシーンとかなりいい音がします。
あれは、痛そうですね。
「お前に言われる筋合いはない!! 私のことは、放っておいてくれ!」
そう言い放ったヤーナさんは、踵を返して走り去ってしまいました。
「青春だねぇ」
面白がってるバルと、心配そうにハミルトン様を見つめているルルナちゃん。
ハミルトン様は、放心状態です。
居ても立っても居られなくなったルルナちゃんが飛び出しました。
「兄ちゃん!!」
駆け寄り、勢いよく飛び込んだルルナちゃんに驚いたハミルトン様は、慌てて彼女を抱きとめました。
「ルルナ?」
「こんにちは! 今日は、どうしたの?」
「え?あ……いや。ほら、ルルナが好きなパンを買ってきたんだ。孤児院のみんなで食べな」
「ありがとう、兄ちゃん」
白い袋を差し出したハミルトン様から、ルルナちゃんは笑顔で、それを受け取りました。
健気ないい子で、涙が出そうです。
二人の様子を見ていたバルが、私の肩をポンポンっと叩きます。
「なあ、さっきの既婚者の隊長って……もしかして、クラウス様か?」
察しのいい男ですね。ですが、彼らが隊長と呼ぶのはクラウス様だけです。他の隊長だと、名前に続けて隊長と呼びますからね。隠してもすぐにバレるでしょう。
「そうなんですよね」
「ほう、じゃあ、あの美人はお前の恋敵か」
「そうなるんですかね?でも、ヤーナさんはいい人ですし、私とも友達になってくれました」
「恋敵をタラし込んだか、お前そういうところあるよな」
人聞きの悪いことを!と文句を言おうとしましたが、黙っていたモニカが口を挟みます。
「バルトロさん。いくらレティシア様の幼馴染とはいえ、失礼な物言いは許しませんよ?」
寒い。気温が20度くらい下がったんじゃないですか!?
「は、はい。モウシワケゴザイマセンデシタ」
ガタガタと震えたバルが、片言で頭を下げてモニカに謝っています。怖いですよね、モニカは見た目はおとなしそうなのに、妙な迫力があるのです。
私にはとても優しいので、存分に怖がるがいいです。
「こんなところで、何をしてるんですか?」
声を掛けられ、気がつくと、目の前にいたハミルトン様から、不審者を見るような目を向けられていました。
気づかれてしまいましたね。
怪しい者では、ありません。多分。