33.護衛がつくんですか?
窮屈な日々を過ごしていましたが、ある日、私に護衛がつくことになりました。
お義父様が選んでくれたそうです。今日はその顔合わせで、私とクラウス様は、執務室に向かいました。
屋敷内には、お義父様とクラウス様の執務室があります。
お義父様の執務室は、仕事をするための大きな机と椅子がありますし、本棚にはたくさんの本が並んでいますが、壁際の棚に並べられているのは、カードやチェス盤、駒など遊び道具です。
お義父様、ちゃんと仕事してるんですよね?
執務室には、お義父様ともう一人若い男性がいます。短く刈り上げた髪は、夜空と青空の中間色。あご髭を生やしていて、ワイルド感を演出しているのでしょうか。
「彼は、少し前まで国軍に所属していたんだ。ナルディーニ子爵家の五男坊で、身元も確か。
名前は、バルトロ・ナルディーニくんだ」
お義父様の説明に、マジマジと彼を凝視します。どことなく見覚えのありまくる顔です。
「……バル兄様?」
名前を呼ぶと、彼はニッカリという言葉が似合うような笑顔を見せました。
「レティ。やっと思い出したか?薄情な奴め」
「お久しぶりですね! 本当にバル兄様ですか!?」
「偽物の俺がどっかにいるのか?」
相変わらず人を食ったような態度ですが、それが懐かしい。
「レティシア……知り合いなのか?」
クラウス様は、不思議そうに私たちを見比べています。
「ナルディーニ子爵領は、コウトナー男爵領のお隣さんで、母親同士、仲良しなのです。昔から家族ぐるみの付き合いをしていました」
「幼馴染みたいなものですよ」
空気を読んだバル兄様は、クラウス様に対して敬語を使っています。丁寧な言葉づかいもできるんですね、驚きです。
「といっても、5年ほど前に、国軍に入隊するためにバル兄様は王都に旅立ったので、それ以降会っていません。全く気がつきませんでした」
「俺はすぐにわかったぞ、変わってないなお前」
「失礼ですね。背も伸びてますし、女らしくもなりましたよ」
5年前といえば、私はまだ11歳です。変わっていないはずありません。
バル兄様は昔と比べると、身体も逞しくなり、精悍な顔つきになっています。気がつかないのも無理はありません。
「ふむ、知り合いなら、レティシアちゃんの護衛にはうってつけだな」
お義父様は、うんうんと納得したようにうなずいています。バル兄様が護衛?それは、心強いですが……。
「…….国軍の方はどうしたんです?」
「退役した」
驚きの事実です。子爵家の五男坊という立場から、王都に行って一旗揚げてくるぜと言い残し、故郷を離れたバル兄様。
剣の腕前もさることながら、明るく兄貴肌、きっと二本も三本も揚げて帰ってくるだろうとみんなで話をしていました。
「なぜ、退役なんか?」
「あー、気に食わない上官を、ぶん殴った責任とって辞めた」
悪びれる様子もなく、サラッと答えるバル兄様。反応したのは、クラウス様でした。
「……待ってくれ。気に食わない上官を殴った?そんな男をレティシアの護衛につけるのですか?」
クラウス様は、バル兄様の護衛就任に難色を示しました。正当な判断だと思います。
この、乱暴者め。ですが……。
「クラウス様、バル兄様は大変口が悪くて、短気なところもありますが、決して理由なく人様に暴力をふるう人間ではありません。きっと、何か理由があったんだと思います」
「おい!」
不満の声をあげるバル兄様は、無視でいいですね。私は庇っているのですよ。
理由があるから人を殴っていいとは言いませんが、やむを得ない状況があったのではないでしょうか?
クラウス様は、むっつりとした表情でバル兄様を見ています。やはり、信用できないのですかね。
「まあまあ、クラウス落ち着きなさい。彼の元上官は、横暴で、もともと問題が多かった人間なんだよ。
だが、殴ったのは事実だから、責任をとって退役したんだ。
別の上官の紹介状もあるし、身元もはっきりしている。
なにより、レティシアちゃんの幼馴染だ。その方が、レティシアちゃんも安心だろう」
安心か不安かと聞かれれば、不安です。バル兄様が近くにいると、私まで乱暴な言葉づかいに影響されそうです。
せっかく、清楚で可憐な若奥様で通っているのに。
え、通ってない? まさかそんなはずはありませんよ、ね?