32.説教お兄さん
2杯目を飲み終えたクラウス様は、すわった目で睨みつけてきました。唖然と彼を見ていると、プクッと頬を膨らませています。
いい歳した大人の男がする顔ではありませんが、美形なのでそこそこ様になっています。
「私は、怒っている!」
え、ええ?なにごとですか?
突然立ち上がった足元のおぼつかないクラウス様。フラフラしながら、私の隣にやってきてソファーに足をかけました。
「今日の……ことだぁ!」
「は、はあ」
グイッと顔を寄せてきたクラウス様の目は赤く、少し潤んでいます。
「き、君は! 何で……自分の身を顧みず、私を助けたんだ!」
勢いに押されて、私は思わず後退りしましたが、クラウス様は、距離を縮めてきます。
「だ、駄目でしたか……?」
「駄目だ! いいか、あんな危険な真似は二度と……しないで、くれ! 今度からは、自分を優先するんだぞ……!」
ガシッと肩を掴まれます。い、痛いです。
「返事は!?」
「は、はい!!」
「よし……、いいな、絶対に忘れ……るな……」
「く、クラウス様……!?」
身体が傾いた彼は、こちらに倒れてきました。無理です、支えきれません。そのままズルズルと崩れ落ちると、膝の上に頭を乗せて、さも心地好さそうに眠ってしまいました。
身体は半分ソファーからずり落ちています。
「ここで、眠らないでください!!」
どんなに大声を出しても、今までの経験上、クラウス様が起きたりしないのは、わかっていました。
はあっと大きなため息が出ます。
まさか説教をされるとは思っていなかったです。
クラウス様の赤い髪をわしゃわしゃと触ります。短い髪がチクチクして、思っていたよりも剛毛です。
自分でも無茶をしたなと思いますよ。
……まあ、ハムを切ったナイフで攻撃を防ぐのは、無理だったでしょうが。
それを理解しているから、クラウス様は素面の時に、なにも言わなかったんですよね。
優しくて、不器用な人です。
人を呼びたいですが、動けないこの状態では難しいです。仕方がありません。今日は、特別に私の膝を貸してあげますよ。
寝息を立てているクラウス様の頭を撫でているうちに、私もすやすやと眠ってしまい、目が覚めたのは明け方近く。
人の頭は結構重たくて、気がついた時には、太ももがジンジンしていました。変な体勢だったからか、身体中がバキバキです。
目を覚ましたクラウス様に、何度も謝られました。いつもなら自室のベッドへ運ばれているのに、今日は私の膝の上でさぞかし驚いたでしょう。
目が覚めた瞬間、キョトンとしていたクラウス様。
前髪がチョンっと立っていて、少し幼く見えました。
こうして、翌日から気軽にお出かけができなくなるという問題が起きました。外出時には、義両親かクラウス様と一緒じゃないと駄目と禁止令が出たのです。
心配をしてくれているので、わがままは言えません。私は大人しく従います。
気をつかってくれたお義母様が、外出に誘ってくれるので、我慢できました。
襲撃事件以降、クラウス様はお酒を飲むと説教お兄さんに変貌します。
曰く、一人で出かけない、見知らぬ人についていかない、人気のない場所に行かない、人通りの多い道を歩くなどなど。
あなたは、私の母親ですかと聞きたくなるほどです。
いい加減うんざりしていたので、2杯目に移行するのを妨害しようかと考えました。
しかし、うまい言い訳が見つかりません。
身体に悪いからといっても、2杯くらいでは……ですし、2日酔いもしないので、その線からも無理です。
私のために言ってくれていることもわかるので、あまり無下にできないのが、つらいものです。はぁ。