30.優しい味のハーブティー
ピクニックは、大ハプニングで幕を閉じました。
クラウス様は、ひとまず私をドワイアン砦に送り届けた後、部下を数人連れて、もう一度湖に向かうそうです。
現場検証というやつですね。
砦で保護された私は、クラウス様たちを見送った後、彼の執務室で待たせてもらうことになりました。
隊長さんには、それぞれ個室が与えられているそうです。
作業用の机と椅子、かろうじて来客用の小さなテーブルと椅子がある殺風景な部屋です。
ぎゅうぎゅう詰の本棚と壁に飾られたドワイアン辺境伯の紋章が描かれた旗に目が行きますね。
盾の中に剣と狼が描かれた紋章は、群れを護る盾となり、剣を持って敵を討つという意味合いがあるそうです。
なかなか、興味深い言葉です。
湖で、ならず者に斬られそうになった時、誰かが助けてくれました。背中に短剣が刺さっていたので、位置からして、クラウス様が投げたわけではありません。
短剣を投げるといえば、思いつくのはヤーナさん。
まさか、後をつけていたなんてことは……。
彼女が助けてくれたのだとすれば、恋敵?を救ったことになります。うぅ、健気です。
感動していると、扉がノックされました。
「はい」
「失礼します」
中に入ってきた無表情のヤーナさんは、無言のままテーブルの上にカップを置きます。
湯気が立っているカップから、ほんのり甘酸っぱい匂いが漂ってきます。
「リラックス効果のあるハーブティーです。よろしければ、どうぞ」
こんな気遣いをしてくれるとは。
ヤーナさん! やはり、あなたが助けてくれたんですね。きっと、後をつけていたことは、知られたくないでしょうから、墓場までこの秘密は、持っていきます!
「ありがとうございます」
温かいハーブティーは、ほんのり甘くてとてもおいしいです。身体の隅々まで、優しさが沁み渡るようです。
「ホッとしますね」
「……よく平気で飲めますね」
呆れた表情のヤーナさんは、カップをじっと見ています。
「おいしいですよ?」
「そうじゃなくて!! ……私があなたを害すると思わないんですか?」
「思いませんね」
きっぱり言い切ると、彼女は目を丸くしています。
幼い頃に、目の前で両親を亡くした彼女が、感情のまま人を肉体的に傷つけるとは、とても考えられません。それに……。
「ヤーナさんがルルナちゃんを大切にしていることを知っています。そんなあなたが、安易に犯罪行為に走るとは思えません」
2人が仲良し姉妹なのは、誰もが知ってることです。
彼女は、肩を落として大きなため息をつきました。
「……あなたには、勝てる気がしません」
勝負していましたっけ? と言ったら、また怒らせてしまいそうなので、お口は閉じます。
「今更ですが、ルルナのことありがとうございました。それと、色々と失礼なことを言って、申し訳ございません」
深々と頭を下げたヤーナさん。
「はい。では、これからも仲良くしてくださいね」
顔を上げた彼女は、何度も瞬きをした後、プッと吹き出しました。
「あなたは、変な人ですね」
初めて笑顔を見せてくれたので、変な人と言われたことは不問にしましょう。
これでもう、お友達です。さっそく私は、疑問に思っていたことを尋ねることにしました。
「ところで、ああやって襲撃されることは、辺境伯領ではよくあるのですか?」
「そんなわけありません。この一帯は、辺境伯軍の中枢近くですよ。我が軍の兵士が巡回をしていますし、国境近くであることを考えれば治安はいい方です」
つまり、たまたま襲われたというより、狙って襲ってきたと考える方が自然ということですね。
狙われたのは、クラウス様でしょう。私のような元男爵令嬢を狙う意味が見当たりません。
「クラウス様が、狙われる心当たりはあるのですか?」
「……まだ調査が終わっていないので、なんとも言えません。
先ほど聞いた話からすれば、以前捕らえた犯罪集団の残党などが考えられますね。現在は、隣国との関係も悪くありませんし」
報復というやつですか。だとすれば、今回残党を一掃できたのなら、事件は解決というやつです。
めでたしめでたし、になるといいのですが。
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