29.無事でよかったです
「お腹が空いたら、パンも持ってきてますよ。苺とオレンジのジャムを作ったんです。
たっぷり塗って食べたら、美味しいですよ」
「い、いただこう」
ハムとチーズもあります。それぞれナイフでカットした後、ジャムの瓶を開けます。ほんのり甘い香りがして、食欲をそそります。
パンにハムとチーズを挟んだり、ジャムをつけて食べたりと、きれいな景色を見ながらの食事は、また格別です。
「うまいな」
「はい」
気に入ってもらえて、よかったです。ピクニックはいいですね。
「今度は、お義父様とお義母様も誘って来ましょう。きっと楽しいですよ」
「……ああ」
柔らかな笑みを浮かべているクラウス様。やはり、見た目は抜群によろしいですね。
湖を眺めながら、日光浴をしていると、心地よい風が吹いてきます。
のんびり泳ぐ鳥さんの親子、魚が飛び跳ねる音、非日常的な世界で癒されていると、突然クラウス様に、結構な勢いで押し倒されました。
「ぐへぇっっ!?」
変な声がでましたよ! こんなところで何を!? 胃が押されてジャムがでてくるかと思いました。
困惑した瞬間、ヒュンっという音が聞こえます。
「頭を下げていろ!」
クラウス様の怒声が耳に届くと、彼は立ち上がり、剣を抜きました。
何が起こったのかよくわかりませんでしたが、よくよく見てみると、私の足元に矢が突き刺さっています。
……クラウス様、矢を射られたことに気がついたんですか?
どんな聴覚してるんです。人間ですか?
「何者だ!!」
クラウス様の声が森の中に響き渡ります。
とにかく、襲撃を受けているのは確かです。私は、ハムを切っていたナイフを掴みました。何もないよりはマシです。
またしてもヒュンっという音が何度かして、クラウス様目掛けて矢が飛んできました。しかし、彼は剣でそれを薙ぎ払います。
すごい。
目を凝らして矢が飛んできた方を見ると、木の陰から数人の男たちが現れました。ならず者と呼んでも差し支えない風体をしています。小綺麗とは言い難いヨレヨレの服に、全員が口当てをつけており半分顔が隠れています。
「行け!!」
1人がそう叫ぶと、男たちは一切にクラウス様に向かって駆け出しました。一方のクラウス様も応戦するため、前に出ます。
この場所では、弓で狙われたらひとたまりもありません。私はコソコソと移動して、木の陰に隠れました。
せめて武器があれば、応戦できるのですが……ハムを切ったナイフだけでは心許ないです。こんなことなら、なにか持ってくればよかったです。
あの男たちは一体、何者でしょうか。見た目は、盗賊のようですが、あのようなならず者にクラウス様が引けをとるわけがありません。頑張って!
クラウス様は、男たちをバッタバッタと倒していきます。さすがです。応援していると、キラリと奥で何かが光りました。
「危ない!!」
草むらの向こうから矢を構える男が見えた私は、瞬時に持っていたナイフをその男に投げつけます。
「ぐあッ!」
ちょうど手の甲に当たったため、弓は不発でした。ホッとしたのもつかの間、クラウス様が叫びます。
「レティシア!!」
慌てて後ろを振り返ると、大きな男が剣を振り上げていました。このままでは斬られます。
意味がないと思いつつも、咄嗟に手を前に出し、防御の姿勢をとりました。
衝撃に耐えようと足を踏ん張ります。
「ぐはっ」
どれだけ待っても太刀を浴びることはなく、その代わり、男はうめき声をあげ、どさりと倒れました。
その背中には、深くナイフが刺さっています。
「大丈夫か!?」
男たちを蹴散らしたクラウス様は、走り寄ってくると、ガシッと私の腕を掴みます。
「はい、大丈夫です」
そう答えたのですが、クラウス様に引っ張られ、全身をくまなく調べられました。怪我がないことを確認できたのか、彼は大きく息を吐きます。
「……無事でよかった」
「心配かけて、すみません」
本気で心配している様子を見ると、申し訳なく思います。
「いや、私もすまなかった。他にもまだ潜んでいたとは……」
「クラウス様こそ、怪我はありませんか?」
見たところかすり傷ひとつないようですが、服で隠れてるところは、わかりません。
「大丈夫だ。……レティシアのおかげで助かった。だが、あまり無茶はしないでほしい」
唯一の武器であるナイフを投げてしまいましたからね。自分でも驚きです。
身体が勝手に動いてしまいました。
私は、クラウス様に怪我をして欲しくなかったみたいです。