22.売られた喧嘩
ヤーナさんは、突然頭を下げました。
「あの?」
「先日は、失礼なことを言って申し訳ございませんでした」
謝られてしまいました。失礼なことを言われたとは思っていませんよ。むしろ、どんと来いです。
「気にしていないので、大丈夫ですよ」
できるだけ優しい声を出したのですが、ヤーナさんは顔をあげて、悔しそうに下唇を噛んでいます。
前にもこんなことがありましたね。
「……あなたは、平民である私の言葉など、気にもとめていないということですか?」
えぇ!? 全くそんなこと思ってません。
困惑した私より先に反応したのはモニカでした。
「なんてことを言うのですか!! レティシア様に失礼ですよ!!」
「あなたには関係ない。黙っていてもらいたい」
「なんですって!?」
火に油を注いだ感じですね。なぜか喧嘩になっています。
「2人とも落ち着いてください」
私のために争わないで!! じゃないですね。私も落ち着いてください。
「モニカ、少し下がって」
前に出そうなモニカを制します。不満げですが、私の指示に従って彼女は下がりました。
「ヤーナさん。あなたを気にもとめてないと言ったつもりはありませんでした。気を悪くさせたのならごめんなさい」
「……どうして、あなたがクラウス様の妻なんですか」
先ほどの勢いはなくなり、ヤーナさんはつらそうに目を潤ませています。なぜ泣きそうなんですか、わたしのせいですか?
「妻になったのは、辺境伯家から婚姻の申し込みがあったからですよ」
それ以外に理由はないです。
そもそも、結婚式までクラウス様とは会ったことも話したこともなかったんですよ。
申し込みも、お義父様がいらっしゃってましたし、結婚の準備も辺境伯家が全て取り仕切ってましたから、私は身一つで辺境伯領に来たわけです。
「レティシア様は、男爵家の令嬢ですよね?」
「はい」
「……クラウス様は、何も悪いことをしていないのに。王女様から婚約破棄をされて、挙句、聞いたこともないような男爵家の令嬢と結婚なんて……。
だったら、私でもいいじゃないか……」
ギュッと拳を握り締めて、耳をすまさなければ聞こえないような小さな声で最後は呟きました。
私でもいいじゃないか……なるほど、ヤーナさんはクラウス様に恋心をお持ちなのですね。
しかし、聞いたこともないような男爵家でも貴族は貴族ですからね。貴族社会のこの国では、貴族と平民には、大きな隔たりがあります。
貴族の令嬢が裕福な商家の妻になることはあっても、平民が貴族家に入ることは、滅多にありません。
辺境伯家に男爵令嬢が嫁入りするのもかなり珍しいことです。普通なら、身分違いを理由に結婚など認められません。
それ以上に、平民の女性が辺境伯家に嫁入りなど、あり得ませんね。お妾さんならわかりますが。
それに、初夜でクラウス様に愛することはないと宣言されて、ヤーナさんは耐えられたでしょうか?
私はクラウス様を好きではないので、平気でしたが、好きならショックを受けますよ。
「私の方が……クラウス様を想ってるのに」
もちろん、そうでしょう。
「この結婚に想いは関係ありませんよ」
「だったら!!」
必死な様子のヤーナさんですが、想いだけではどうにもならないこともあります。
「そもそも、結婚に愛は必要ですか?」