16.はずしました?
「クラウス様、さっきの戦いを見ていましたが、すごく格好よかったです」
国内最強と名高いドワイアン辺境伯軍は、きっと地道な訓練の賜物なのですね。
すばらしい努力です。
「そうか?……ありがとう」
クラウス様との関係は、よき友人といったところでしょうか。
夜にお酒を2杯飲むまでの記憶は残っているらしく、それまでに会話した内容は覚えているんですよね。
特に深い話はしていませんが、世間話程度の会話はあります。
大体は、お義母様に教えてもらったことやお義父様とのカードゲームの結果を話したりしていますね。
クラウス様は、聞き役です。
もう新婚を通り越して熟年夫婦みたいになっていますが、蔑ろにされるわけでもなく、穏やかな日々はいいものです。
愛がなくても家族にはなれるんですね。
「そんな悠長にしてていいんですか?」
厳しい声が飛んできました。ヤーナさんは、どちらかといえばつり目がちの目を、更につり上げています。
なにか、気に入らないことでもしてしまったでしょうか?
「次期辺境伯夫人になるなら、有事の際に代理として領地を守らねばなりません。
お菓子など、浮ついたものを作っている暇があるなら、他にするべきことがあるんじゃないんですか?」
「ヤーナ。彼女はまだここに来て1ヶ月しか経っていないんだ。全てのことをすぐできるわけないだろう」
冷たく言い放つヤーナさんに、クラウス様が叱咤しました。しかし、彼女も負けていません。
「隊長! なに甘いことを言っているんです。以前の……婚約者であられた王女殿下は、王族という立場にあり、この領地に利がありました。
ですが、この方がわが領になんの益をもたらすというのですか!」
ヤーナさん、刃のように鋭いですねぇ。お説ごもっともです。
私がこの領地に利益をもたらすことはありません。男爵家の方は潤ったんですけどね。
普通、貴族に対してそんな発言をすれば不敬とされます。
だがしかし、罰を受ける覚悟を持ちながらも、物申すその姿勢は嫌いじゃありません!!
「自分の言っていることをわかって……」
「お待ちください、クラウス様」
庇ってくれようとしたクラウス様を止めると、彼は驚いたように目を丸くしています。せっかくの男前が台無しですよ。
「ヤーナさんのおっしゃっていることに間違いはありません。ですが……」
キョロキョロと見渡すと、お目当てのものを見つけました。
「それを貸してくださいますか?」
「え?あ……はい」
近くの軍人さんに声をかけて、借りたのは弓矢です。
私は的に向かって弓を構えます。
風の音だけが聞こえます。いい、この緊張感。ほどよい弓弦の抵抗感にゾクゾクします。
狙いを定め、弓を引きます。
バシッと音を立てて、真ん中に命中しました。やったね!
そのまま、クルッと皆さんの方に身体を向けます。
「私は、次期辺境伯夫人としてまだまだ未熟です。
しかし、有事の際には領民を護るために先頭に立って戦いに臨む覚悟はあります。
今はまだ受け入れられない気持ちもわかります。ですが、これからの私を見て判断していただきたい。
5年、10年かかったとしても、皆さんに納得いただけるよう精進して参ります」
決まった。
いやぁ、なかなかいい感じじゃありませんでしたか?
……おっと、シーンと静まり返っていますね。
えっと、的には当たったけど、外しましたか?