15.差し入れです
「あの、クラウス様。差し入れを持ってきたのですが」
「差し入れ?」
ヤーナさんから視線を外し、モニカに目配せすると、彼女はさっと持ってきた籠のふたを開けます。
「クッキーを焼いてきたんです。よろしければ、皆さんでどうぞ」
「お、うまそうですね!」
ハミルトン様が、籠の中を覗き込んでいます。
朝からがんばって焼いたんですよ。お実母様直伝のクッキーです。自分で言うのもなんですが、おいしいですよ。
「すまないな」
「疲れた時には、甘いものがいいかと思いまして」
クラウス様が頬を緩めています。甘いものが好きなのでしょうか?
「お待ちください。どこで作ったかもわからないようなものを、兵士に食べさせるわけにはいきません」
「お、おいヤーナ」
どこでって、辺境伯家で作ったんですけど、まずかったんですかね?
ハミルトン様が慌てています。しかし、ヤーナさんは続けます。
「兵の食事は、きちんと管理されています。もし、毒などが入っていれば、軍は大打撃を受けるんです。
得体の知れないものを口の中に入れるわけにはいかない。そんなことも知らないんですか?」
厳しい口調のヤーナさん。うーん、確かにおっしゃる通りですね。
「そうだったんですね。無知ですみません」
私は籠の中からこんがりキツネ色に焼けたクッキーを取り出し、一枚食べると、サクサクっといい音がします。
香ばしくて甘く、フワッと口の中にバターの風味が広がり、大変おいしくいただけました。
なかなかうまくできてますね。自信作です。
「ご覧の通り、毒などは入っていません。材料もドワイアン家の料理人が用意してくれたものなので、問題ないと思いますよ」
料理人さんが、いつも新鮮な材料を用意してくれるから、毎日おいしい料理が食べられるのです。すばらしいことです。
あれ?ヤーナさんが悔しそうに下唇を噛んでいます。なにか悔しいことでもあったのでしょうか……。クッキー食べますか?
不思議に思っていると、クラウス様が籠からクッキーを取り出し、口の中に放り込みました。
「ああ、うまいな」
「本当ですか? よかったです!」
頬をほころばせながら、褒めてくれました。
クッキーはいい、なごみますよね。
「私ももらおう」
お義父様もパクリと食べてくれました。
「うむ。おいしいな。レティシアちゃんは料理もできるんだね」
「はい。実母からいろいろと教わったんです」
「いいお母さんなんだな」
「はい。とても優しいです。怒ると怖いですけど」
本当に怒ると怖いんです。みんな恐ろしさのあまり、身体の震えが止まらなくなります。恐怖の大魔王降臨です。怒らせてはいけません。
「レティシア様、俺ももらっていいですか?」
「はい、どうぞ」
ハミルトン様が食べ始めると、周りにいた軍人さんたちが俺も私もとクッキーを食べてくれました。
おいしいとの言葉が聞こえるので、なかなか好評みたいです。
殿方の視線は、クッキーが独り占めしています。
皆様、すてきな若奥様に興味はありませんか?
ありませんか、そうですか。失礼しました。