038:勇者と魔王
ファンタジーと言ったら、やっぱり“勇者と魔王”だよね!
ということで、100のお題・第一弾は「038:勇者と魔王」です!!
「お前は何も知らぬのだ……」
暗く冷たい静謐としたその空間に、女の嘲る様な、それでいて哀れむような声が木霊した。
その玲瓏と響く木霊は男の怒声でかき消された。
「何だと!?」
だが、その言葉に答えはない。
ただ、魔王と呼ばれる美しい女は、男に語りかけるでもなくまるで独り言のように、何かを思い出すように話し始めた。
「かつて、お前と同じように、英雄と、勇者と呼ばれた者がいた。」
「そうだ、彼女がお前を一度は倒した。その命を代償として。」
魔王の言葉をさえぎり男はそう続けた。
そして、心の中だけで言葉を繋ぐ。
自分はその何代目かの後継として、志半ばにして倒れた先達の想いを受け継ぐものとして今ここにいるのだと。
そう、長い旅の中で幾度となく繰り返した想いを新たにする。
だが、その回想も女の笑い声によって打ち消された。
「ハハハ。やはり、そう伝えられているのか。
奴らも相変わらずだ。
なにも、変わってはいないのだな。」
嘲りの言葉の中に哀しみさえも垣間見えたような気がして、勇者はたじろいだ。
この場に到るまでに、何度も感じた違和感。
繰り返し繰り返し打ち消そうとしながら消える事のなかった何か。
それが、今ここで形を成そうとしている。
神殿が言う魔王と、実際に彼が、いや、彼女が行っている事の食い違い。
何かがおかしい。
だが、それが何か分らない。
けれど、その違和感こそが魔王へ刃を向ける事を躊躇わせている。
しかしそれは、一方で自己否定に他ならなかった。
この数十年、勇者と呼ばれ、人と違う時を生きることとなっても、魔王を倒す為だけに生きてきた。
その為だけに生かされてきた。
なのに、ここで今その否を認めるのか。
ため息と共に、魔王はその美しい相貌をゆがめ苦笑いを浮かべた。
あの連中は、今も変わらないのか、と。
勇者は刀を手放した。
勇者と呼ばれるようになってから常に手放した事はなかった。
体から離してはいても、心では常に側にあった。
だが、今はもうそれを手にすることが出来なかった。
長い長い時の彼方。
もう記憶さえも定かではない。
名を捨てて、勇者として生きてきた。
全ては魔王を倒す為に。
けれど、それはこんな事のためではなかったはずだ。
自己否定?
望むところだ。
間違っていたのなら、やり直せば良い。
間違いを正す事をせず、間違いのままに貫く事は正義ではない。
俺が望んだ正義はこんなものじゃない。
己の行いが過ちであったなら、贖えば良い。
たとえ許されずとも、それ以外にするべきことはない。
剣を床石に突き立て、柄から手を離した勇者を怪訝そうに魔王は見つめる。
勇者は刀と共に授かった重い甲冑を脱ぎ捨てると、突き立てた刀を背に冷たい大理石の床へと腰を下ろした。
もし、今までの魔王の言葉が全て演技で、もし、今殺されることになるのなら、それはそれで本望だった。
信じる事さえも、己の心情を貫く事さえも出来ぬのなら、それは最早己の望んだ生き方ではなかった。
「話せ」
彼は静かに告げた。
もう、自分は神殿に選ばれた勇者ではない。
ただの名無しだ。
魔王と話そうが、魔物と戯れようが関係ない。
勇者であった男の真摯な目に見つめられ、魔王は薄く微笑んだ。
「お前は、今までここに来た者とは違うのだな」
その笑みはどこか自虐めいていて……。
魔王は語る。
己が、魔王と呼ばれるに至った経緯を。
かつて、勇者と呼ばれた者がいた。
彼は神殿の信託によって選ばれ、魔王と呼ばれる悪しきモノを倒す事を定めとされた。
彼は、人としての名を捨て、人とは違う時を生きた。
やがて、魔王の元へと辿り着き、その命と引き換えに魔王を倒したのだと。
そう、伝えられてきた。
だが、それは真実ではない。
何百年もの間、繰り返し行われてきた。
幾度も勇者は選ばれ、その度に魔王は倒された。
やがて魔王は蘇り、再び勇者は選ばれた。
魔王は語る。
伝えられない真実を。
かつて、自らも勇者と呼ばれた者であった事を。
始まりの勇者は魔王を倒さなかった。
否、魔王など、本当は存在してはいなかった。
勇者とは強大な力の器。
長い年月を経る内にこの世界に凝った様々な思いや記憶。
それは、力となって世界を蝕んだ。
神殿の託宣は、器と言う生贄を差し出す事を求めた。
それが勇者。
勇者は力の器として選ばれた者。
大いなる力の前に差し出された生贄。
勇者として名を失い、時を失い、全てを失った。
勇者は気付けば魔王として勇者に攻め立てられていた。
勇者は魔王を倒し、全ては再び繰り返された。
幾度も幾度も。
器が古くなるたびに、新しい器が用意された。
その度に、魔王は歴代勇者の記憶を共有していった。
何十年、何百年経っただろう。
あまりに遠く、その記憶は酷く曖昧だ。
だが忘れてしまったわけではない。
歴代勇者こそが魔王の正体。
世界を救うために、世界を滅ぼさんと荒れ狂う強大な力を身に宿す器。
それが勇者。
勇者の体がもたなくなれば、また新しい勇者が選ばれた。
けして真実を知らされることなく。
魔王を倒すが定めとされて。
そうして、魔王を倒した勇者は肉体を失った力に飲まれ、新たな魔王となった。
それが真実。
魔王は幾度も勇者に説得を試みた。
これでは根本的な解決にはならないのだと。
だが、勇者は信じなかった。
魔王の讒言など聞く耳もたぬと。
誰もが真実を受け入れず、魔王となった。
「そう、この私も……。」
最後の呟きは微かであったが勇者の耳へと届いた。
「お前は、信じるか?」
石の床に座り、魔王の語りに耳を傾けていた男は問いには答えず、逆に尋ねた。
お前は解決の術を持っているのか、と。
その力を消す術はあるのか、と。
長いこと、答えはなかった。
魔王はゆっくりとその口を開くと告げた。
「ない。」
「私は……我等は誰一人としてその問いへの答えを持たぬ。」
「だが、何処にはあるやも知れぬ。
私は、それを諦めたくはない。」
哀願する魔王の目に嘘はなかった。
「ならば探そう。」
男は笑って魔王に手を差し伸べた。
「俺はもう、勇者ではない。
お前もまた魔王ではない。
そして、最早人ですらない。」
「互いに、同じ使命のために、世界のために命かけた者。
名を奪われ、誰でもない者となった者たちだ。」
「共に探そう、解決の道を。」
「その身に宿る力、半分俺が受け持とう。
俺もまた、器としての能力を持つのだろう?」
「お前をここへ封じているのがその力だとしても、二人で分かてば出られよう。
そして、まもなく限界が来るお前の身体も当分の間はもつことだろう。」
「……感謝する。」
魔王の手が勇者の手と重なった。
風が吹き付ける平原には二人の人影。
風に揺れる草花以外、他には何も無い。
「ふー、気分良いなぁ。」
銀の髪の青年が背を伸ばす。
空高く昇る日を仰ぎ見ながら、後ろを振り返りつつ尋ねる。
「何年ぶりだ? 外に出るのは?」
「200年ぶり、か……。」
答えるのは癖のある黒い長髪を風になびかせた白磁の肌の女性だ。
「長かったな。」
青年は言う。
「ああ、長かった。」
女は答える。
「でも、ここからが本当の始まりだ。」
青年の言葉に女性は頷く。
「でも、先ずは二人とも、名前を決めないとな。
二人とも名無しじゃ困るしな。」
青年は女性の返事も待たず、一人話し続ける。
「そうだ、あんたが俺に名をくれよ。
俺に新しい道を示したのはあんたなんだからさ」
青年が屈託なく笑う。
暗がりで見た時は気付かなかったが、時を止められた青年の顔は日の光の下で見ると僅かに幼さが垣間見えた。
そんな青年に女も微笑み返し答える。
「ならば、そなたも私に名をくれないか?
そなたでなくば、この道はありえなかった……」
「良いぜ」
青年は笑う。
女は言う。
「ニルヴはどうだ?」
「ニルヴ?」
「古き言葉で未来と言う意味だ。」
「へえ。じゃ、あんたはリーナだ。」
「俺の故郷の言葉で希望。」
「リーナ、希望か……。
良い、名だな。大切にしよう。」
今度こそ、無くしてしまわないように。
奪われてしまわぬように。
ニルヴも頷く。
「さあ行こう、リーナ。ここから始まるんだ。俺たちの、新しい旅が。」
ここから、本当の旅が始まるんだ。
魔王を倒す筈の勇者が志半ばで行方知れずになって十余年後、二人の救国の英雄が現れた。
銀の騎士、黒の騎士と呼ばれた二人の名は、古き言葉で「希望」と「未来」と言った。
まあ、よくある話だよね、と言われてしまえばそれまでですが。
勇者と魔王が敵対しなきゃいけないなんて誰が決めたんだ。
そもそも、誰が善で悪かなんて人間に判断つくのかよ!という考えから生まれた話でした。
数年前にサイトに公開してから放置しっぱなしorz
ちょとだけ手直しして転載しました。
さて、「ファンタジーな100のお題」ストック分に追いつかれるのは何週目か!?
無事、週1更新はなるのか!?
乞うご期待w
次回更新は11/20を予定しています。