3. 〝イミテーション・ゲーム〟
「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」(モルテン・ティルドゥム監督 2014年のイギリス、アメリカ映画)から
「そろそろかな」
建物の周囲を一周してから、田村が言った。
「ええ。ちょうど今、雨月校長の挨拶が始まったところでしょう」
巴が腕時計を見て答える。それから少し間を置いてから言った。
「教育委員会の決定は本当に正しかったのでしょうか?」
「何が?」
「あのような事件の後、十五周年の式典を予定通り行うのは、いくら何でも危機感が足りないのでは?」
「そんなこと言っても、決まったものは仕方ないだろ」
田村が校舎を見渡しながら言う。
「大丈夫かどうか、という意味では、大丈夫だよ、俺たち下っ端は」
「そういうところが役人ぽいですよね」
「役人だからね。結局、今回の事件もわからないことばかりだし。箙司馬の部屋にあったっていう、例のCDの中の暗号も、結局そのまんまだし」
「いいえ、あちらは多分解読できました」
「そうなの?言ってくれればいいのに」
「又叱責されるかと」
「あ、いや、俺も言い過ぎたよ」
「いいえ、田村さんのおっしゃることはわかるんです。誰にだって大切な人はいます。それが現在か過去か未来かは別として」
「うん」
巴が俯き、それからタブレットを取り出した。
「あれはやはり核酸塩基でした。ただ、アデニンがないのは、冥王症を意識したからではなく、ヒントの一つです」
田村に前回の文字の羅列を見せる。
CG G G CT CG C C G CGG GT TGT C GT GT TG
TG G GTCTTG TGCTTGGGTGG TTTTTG TTTTTC TTTTTT C TTTTGTC TTTTTC T C
「現在普及しているオフィスソフトだと、文字を空白に置換した時にズレが生じます。この一行目と二行目は、長さは一見違いますが、空白を一つ一つ数えると、上も下も六十六文字です。例えば空白をすべて、他と区別するために小文字のaに変えるとこうなります」
aCGaGaaGaaCTaCGaaCaaaCaGaaaaaCGGaaaaaGTaaaaaaTGTaaaaCaGTaaaaaGTaTG
TGaGaGTCTTGaTGCTTGGGTGGaTTTTTGaaTTTTTCaTTTTTTaCaTTTTGTCaTTTTTCaTaC
「こうしてみると、ほとんどの箇所でアデニンがチミンに、グアニンが、シトシンに対応していますから、これは二行で一セットになっている、と考えられます。ただ、これでは、例えば一行目の三番目、aと、二行目の三番目、Gは、DNAの塩基配列の規則に沿っていません。これを元空白だった方、つまり小文字のaの部分を正しく修正する、という作業を繰り返すと」
aCGcGcaGaaCTaCGaaCccaCcGaaaaaCGGaaaaaGTaaaaaaTGTaaaaCaGTaaaaaGTaTG
TGcGcGTCTTGaTGCTTGGGTGGcTTTTTGccTTTTTCaTTTTTTaCaTTTTGTCaTTTTTCaTaC
「こうなります。この二行以外の他の文字列も、空白を含めて全て二の倍数ですから、二文字で一つの文字を表す、DNAに比べるべくもない、簡単な暗号です」
「でも、あんまりたくさん表せないよね?」
「四進法の二桁ですから、十六個です。でも、それで十分のようです。0から9までの数字と、雌雄を表すF、M、性別不明の?、幼狼のP、死亡のD、そしておそらく、撃たれたという意味でのS。元のテキストがこの通りかどうかはわかりませんが、先日申し上げた檜垣教授の論文の該当ページが、対応表の見本、やはりヒントの一つになっていました」
「あの、最初のクローンオオカミが生まれた時の記録のこと?」
「ええ。あの数値をもとに推測し、更に変換すると」
巴が画面の中のボタンを押した。
199207181516001F002?003M004M002?D
「『1992年7月18日15時16分、001F、002?、003M、004M、002?D』となります」
田村が唸った。
「元のデータから暗号化する際には、上下の四文字のセットの中で一番若いアルファベットを空白に変換していたようです。そうすればAは全て空白に変わりますし、Cも時によっては空白になる。GとTは必ず残ります。これらを考慮し、元に戻すための簡単なプログラムを組めば、例えば、ずっと後の方のこの文字列は」
巴が画面をスクロールさせ、一組の文字列をコピーする。
G C G T C C G C GC GGT G GG GG GC CGTTCC
TCTTTGG TTGGT TGTGTTTCTGTCGTG C TCTC G TCGTTGC GGT
そしてそれをプログラム内のコントロールに貼りつけ、コマンドボタンを押した。別のコントロールに変換された文字列が表示される。
201605311021246M229F241MP4
「となります。これは、二〇一六年五月三十一日の記事、『十時二十一分、ニエモツノコ、イヒカ、イワオシワクノコ、子四柱』に該当すると思われます」
田村が画面を見てため息をついた。
「もちろん、こちらは純粋なオオカミの記録ですから、古事記のみに登場する神々の名前は出て来ません。雌雄と子供程度の区別しかありませんし、仕組みに気付けばそれほど難解ではありません。暗号と言うのは失礼なくらい。専門家なら一目見ただけでわかるかもしれません。ただ、この事件に関しては、自分たち以外に頼れる人がいないため時間がかかったというだけで」




