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wO-LVes ~オオカミのいる日本~  作者: 海野遊路
第十章 『生物と無生物のあいだ』
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9. 〝ラーマーヤナ〟

「ラーマーヤナ」(古代インドの叙事詩)から

「さっき言っていた新聞の補助金の件、もう少し範囲を広げて調べてくれ」

 車に乗り込み、道路に出ると、それまで無言だった田村が言った。

「そのレベルの金額なら、他にも動きがあっておかしくない。もちろん、野宮伝も視野に入れながら」

「田村さん」

「はい?」

「さっきも言いましたように、ウルヴズの使用範囲は多岐に渡ります。先日の事件や、登山口の銃撃戦のような凶悪犯罪、火災などの事故現場、これには、先週高速道路で起きた多重衝突事故も含みます。更には遺跡発掘などの研究、教育現場、医療機関、迷いオオカミの捕縛という皮肉な案件まであります」

 田村は無言でハンドルを握る。

「私たちは、いつまでウルヴズを使い続けるのでしょうか?そもそも、『使う』という表現自体、適切なのでしょうか?」

「まあ、それについては、大工だって建築士だって弁護士だって同じ表現をするからね。俺たち公務員だって同じだ」

「一般的な職業なら『依頼』のような言葉だって使いますよね。でも、電動工具や自動車や拳銃に『依頼する』とは言わず、『使う』『使用する』という、対象の意思を無視した表現になります。それが成人したウルヴズで、自分自身に解錠権限があるウルヴズならまだ理解できます。未成年のウルヴズに解錠権限が与えられていないのもある程度理解できます。何を攻撃し、何を守るのかを決めるのは大人の責任でもありますから。でも、私たち大人は、いつまで子供たちの意思を完全に無視して道具として扱い続けるのでしょうか?」

 田村は答えない。巴が続ける。

「明日の十五周年記念式典でも、ウルヴズが警備に使用されると聞いています。何が正しいかを判断する権限さえないのに、武器や盾として危険に晒される」

「そんな権限、俺たちにだってないだろ?」

「一応は与えられています。または、与えられていると錯覚できます。でもウルヴズにはそう錯覚することさえ許されない。感情を殺して道具に徹することで、人でいる時の自分の存在を認めてもらう。一体彼らは、なぜそのような業を背負わなければいけないのでしょうか?」

 田村が巴を横目で見る。

「そして、例えば」

 巴はただ前方を見つめたまま続ける。

「重要参考人と思っている私が言うのも何ですが」

 そして少し言い淀み、言い直す。

「例えば、ある人物がウルヴズと何らかの形での関係があったとしたら、そのウルヴズを決して安全とは言えない現場まで届けるとしたら、それもまた、その人物の負った業なのでしょうか?」

 田村は答えない。

「インドの叙事詩『ラーマーヤナ』の冒頭で、父王の交わした理不尽な約束により、主人公のラーマが追放される場面があります」

 巴が前を向いたまま呟いた。田村が無言で彼女を一瞥する。

「追放のため馬車の手綱を握るスマントラは、ラーマを子供の頃からずっと見守って来た人物です。彼はラーマを死地に追いやる役目を負い、嘆き、苦悩しながら馬車を走らせます。もし、スマントラのように、ずっと大切にしてきた人たちを、それと知りながら危険な、もしかしたら二度と帰れない場所に送り届けるための手綱を握らなければいけないとしたら?それを何度も繰り返さなければならないとしたら?」

 巴の声が震えだす。

「私は、それに耐えられる自信はありません」

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