3. 〝ニュースの天才〟
「ニュースの天才」(ビリー・レイ監督 2003年のアメリカ映画)から
佐久市役所の駐車場に止まったセダンの車内、田村が携帯電話をコンソールの小物入れに置いた。助手席の扉が開き、巴が乗り込む。
「お待たせしました」
「お疲れさん。早速だけど、御代田の龍神公園に行く」
「はい?」
「この間の雨月の生徒の子たちが話があるらしい。そっちはどうだった?」
走り出しながら田村が訊く。
「あ、野宮伝は県内には不在とのことです」
「そう。どこに行ってるの?」
「事務は答えてくれませんでしたが、洗車していたドライバーに訊いたら、多分仙台だと」
「そう。結構遠くまで行くね。というか、本人の電話番号聞いたんでしょ?直接訊けばいいのに」
「本人が本当のことを言うとは限りませんから」
「何でも疑う。警察官の鑑だね」
「皮肉はまたの機会に。それより、これからあの雨月の新聞部の生徒さんたちに会うんですよね」
「そうだね」
「彼らが発行している『ハウルズ』をお読みになったことはありますか?」
「残念ながら一度も」
「こちらです」
巴が鞄から新聞を取り出した。
「内容はピンからキリですが、月曜~金曜の毎日発行。編集、営業、配達、と言っても宅配部分ですね、を基本的に生徒たちが担っています」
「運転中だからね、後で読ませてもらうけど、結構立派な新聞だね」
「雨月だけでなく、全国の中高生によるものですから。少なくとも体裁は、一般の地方紙、このあたりで言ったら信州日日新聞みたいな感じです。もちろん、内容はあくまで学校生活に関連すること中心ですが」
「それはそれは」
「で、この新聞なんですが、先日の狙撃事件を報道したのは、全国でこれだけです」
「へえ」
「全国紙、地方紙が無視、または隠蔽する中、唯一紙面にて公式に発信し、更には」
巴が紙面を広げ読み上げた。
「『非公式だが、人間狼、正確にはウルヴズと呼ばれるものが存在する。本件の約六時間後、地方局でゲリラ的に放映された番組にもそう自称するものが登場した。この件について、警察、官公庁、一般メディアは一切言及していない』とあります」
「まあ、事実だよね」
「そして事実を報道したことで、現在、購読の申し込みが急増しているそうです」
岩村田の商店街を抜けて北に向かう。
「もっとも、もともとの発行部数が各県でせいぜい五百部程度、首都圏でもかろうじて千部を超えるくらいですから、一般の新聞とは比べ物になりません。逆に言えば、その程度ですから、中高生による朝の配達で済んでいたようです。東信地域の場合、現在、小諸から佐久、軽井沢、南牧村の地域の配送部数は約二百部。長野市内の印刷会社で印刷された新聞を四トントラックが千曲、上田を経由して雨月学校に卸し、ネストの部員、または協力者、こちらのほとんどは保護者や各ネストのOBですが、そういう人たちが配達する、という形です」
「千曲や上田はどうしてるの?」
「それぞれの地域のネストの部員が担当になるのですが、雨月ほど部員がそろっているところは少なくて、OBと、他には運動部員が朝練を兼ねたアルバイトとして代わりに回っているとのことです。雨月も数年前はそんな状況だったようですが」
「正確には?」
「六年ほど前です」
「今の高三が入学する前か」
「はい。配達や営業も部活動の一部なので、単なるマスメディアへの憧れだけでは続かないようです」
「まあ、理想と現実はどの世界も違うけど。で、部数が急増した、またはしそうだ、と」
「はい。この一週間で佐久地域の発行部数は倍増しました。このままだと、来月には五百部を超える可能性があります。そしてそうなった場合、今のように雨月一か所に卸すだけでは各戸への配達が間に合わなくなるでしょう。例えばこの地区でしたら、印刷会社からのトラックの荷物を受け、もう少し細かな拠点へと分散する別のトラックが必要になります」
「で、また赤帽なの?」
「試算してみました」
巴がタブレットを開く。
「ばらつきはあると思いますが、東京で三千部、東京を除く各道府県で平均して千部、現在二十ある各政令都市でプラス三百部としますと、全国で五万五千部ということになります。これらを拠点に分散させるにあたり、東京で十台、他の政令指定都市で三台、これらを除く道府県で各五台、全国で三百台程度必要になるでしょう。八割を赤帽が担うとしても二百四十台、一台の請負金額が一万円だとすれば、年間日数二百五十日平均で六億円の売上です」
「その場合の新聞の売上ってどうなるの?」
「月三千円で年間十九億八千万円です」
「売上ベースで二十億だとして、えーと」
「三十七パーセントです」
「売り上げが増えたって言っても、その内の三十八パーセントが外注配送料って。それ以外にも、その拠点に配送するためのトラックの運賃もあるよね?広告収入も大したことなさそうだし、部員への給料もある。いくら何でも赤字でしょ?」
「赤字かどうかは問題ではありません」
巴がスマートフォン上で指を走らせる。
「『ハウルズ』は、教育の一環です。また、基本理念が、身寄りがないか、家庭環境が整っていない生徒たちのための自立支援プログラムでもあります。新聞代金や広告料などもありますが、半分以上は文部科学省、厚生労働省、そして各県、更には協賛する企業からの補助金、助成金で運営されているようなものです」