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wO-LVes ~オオカミのいる日本~  作者: 海野遊路
第十一章 『利己的な遺伝子』
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3. 〝永訣の朝〟

「永訣の朝」(宮沢賢治)から

「あ、お帰りなさい、景清さん。お帰り、エミちゃん」

 景清が立ち止まり、「何だ?」と訊いた。

「うん、砧君からエリア変更の提案があって」

「必要ねえよ」

 景清が即答する。

「どうせ自分のことしか考えてねーだろ」

「その通り。さすが景清クン」

「萌ちゃん」

「深夜先輩」

 微笑が皆を無視して深夜の前に立った。

「どうしたの?」

「前からずっと訊きたかったんですけど」

 そして微笑は一呼吸置き、言った。

「深夜先輩は、どうして本気で真昼先輩の犯人を見つけようと思わないんですか?」

 深夜が息をのみ、微笑を見つめる。

「このまま、真昼先輩のことなどなかったものとして一生過ごすんですか?」

「エミちゃん」

「ちょ、ちょっと微笑!」

 萌が微笑の襟をつかむ。

「あんた、言っていいことと悪いことが」

「大丈夫、萌ちゃん」

 深夜が萌の前に立った。そして微笑に伸ばした萌の手をそっと握る。

「エミちゃんは、真昼がいた部屋に住んで、真昼のことを、私たちきょうだいのことも今まで以上に心配してくれてるんだよ」

「深夜」

「ありがとう、エミちゃん。大丈夫だよ。私たち。大丈夫」

 深夜がゆっくり繰り返す。沈黙の後、微笑は「失礼します」と会釈してから、教室の方へと向かった。

「深夜」

 萌が言った。

「深夜、痛い」

「え?あっ」

 深夜が慌てて萌の手を放す。

「ご、ごめんね、萌ちゃん」

 そして無言の八島たちを見まわし、部室から駆け出る。萌が慌てて後を追う。

「深夜!深夜!」

 建物から出たところで深夜が歩を緩めた。隣で歩調を合わせながら萌が吐き捨てる。

「微笑の奴、突然何なんだよ。深夜が。あたしだって、今までどんな想いでいたか」

「大丈夫、萌ちゃん」

 深夜が萌に笑いかける。

「大丈夫だよ、みんな」

「大丈夫じゃないよ!それは大丈夫な顔じゃない」

「でも、私、あれから一度も涙が出ないんだよ!」

「深夜」

「やっぱ、あの時、真昼が死んだ時、私もきっと死んじゃったんだよ。前に砧さんが言ってた沼の人みたいに、ほんとの私はあの時死んで、今の私は別の何かなんだよ!右目と右手と右足以外は、きっと生きてないんだよ!涙も出ない、本当の道具になっちゃったんだよ!」

「そんなわけないじゃん!」

 萌が深夜の体を揺すった。

「そんなわけない。深夜は誰よりもいい奴で、あたしの大切な友達」

「でも」

「それに、知ってるよ。深夜が、真昼をどれだけ大事に思ってるか」

 萌が深夜をじっと見つめる。

「真昼が取りたがってたバイクの免許だって、誕生日が来たら取れるよう教習所に通ってる。真昼たちが使ってた暗号も覚えようとしてる。月の裏側の件は予想外だったけど、わかる範囲で、知れる範囲で真昼の夢を叶えてあげようとしてる」

「知ってたんだ」

「当たり前だよ!『親友』なんてちんけな言葉じゃ語れないくらいの仲だよ、あたしたち?」

「そ、そうだね。ありがとう、萌ちゃん」

「深夜」

「取り込んでるところ悪いが」

 突然背後から声をかけられ飛び退く。

「げっ、キモオタ!今度は何の用だよ!」

「砧さんまで。心配してくださってありがとうございます」

「エマに用はない。ノノ、ちょっと来てくれ」

「あんた、他に言い方ないの?っていうか邪魔。空気読め」

「エマは気にせず部室に戻って残数の整理でもしておいてくれ」

「あたしの話無視か?」

「萌ちゃん、砧さん忙しそうだから」

 深夜が萌に笑顔を向けた。

「砧さん、取り乱してすみません。私、部室に戻りますので、どうぞ」

「あたしも手伝う。キモオタ、あんたの用は後!」

「おい」

「あ」

 深夜が立ち止まり、振り返る。

「あの」

 そして声を潜める。

「砧さん、萌ちゃん。特に萌ちゃんに聞きたいんだけど」

「何?」

「ファーレンハイトで弓矢の軌道は曲げられるよね?」

「え、あ、うん」

「同じように、銃弾の軌道も曲げられるかな?」

「え?」

「理屈の上では可能だ」

 聞き返す萌を横に、砧が答えた。

「ただ、初速もエネルギーも全く違うから、矢のようには曲がらない。正確に標的を撃つには、相当の訓練が必要だろう」

「あ、ご、ごめん、深夜」

 萌が口を挟む。

「あたし、キモオタに用を言いつけてたんだっけ」

「萌ちゃん、先輩に『言いつけてた』って」

「キモオタ!あんたの用を優先してやるから!ほら、行くよ、ごめんね、深夜」

 萌が砧の背中を叩いて促す。砧は「悪いな、エマ」と言うと萌に随行した。

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