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wO-LVes ~オオカミのいる日本~  作者: 海野遊路
第十一章 『利己的な遺伝子』
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1. 〝羊たちの沈黙〟

「羊たちの沈黙」(ジョナサン・デミ監督 1991年のアメリカ映画)から

 雪が少しだけ残る軒下に自転車を停め、配達鞄を前かごから出して部室に戻ると、既に八島が残数を整理していた。

「おはようございます、八島さん」

「おはよう、深夜さん。お疲れ様」

 深夜の挨拶に八島が笑顔を向ける。そして、深夜が持ち戻った残部を受け取ると、「すごいことになってるよ」と彼女を編集室に誘った。

「すごいこと?」

 深夜の質問には答えず、八島がパソコンのマウスをクリックした。スリープから立ち上がった画面に、新着メールの一覧が表示された。

「ほとんどがハウルズの購読に関する問い合わせ」

「ほんとだ、すごい」

 八島が画面をスクロールする。数十件を越える問い合わせが来ているのがわかる。

「火曜日の記事の影響は予想以上に大きかったみたいだ。東信地区や長野県内だけじゃなくて、全国からも問い合わせが届いている。他県の部長何人かからもメールが届いてる」

「そんなに?」

「まだ集計できてないけど、この調子だと、場合によっては来月からは倍以上の配達になるかもしれないし、現在のエリア外からも申し込みが増えたら、とても今の、学校から各エリアに配達に向かう、なんてやり方じゃ無理だ。かといって、いくつかの拠点を作り、自動車免許が取れたばかりの砧が夜通しあちこちに下して行くのも、本来の趣旨に反するからできない。ハウルズはあくまで、部活動の一つだ。一番の目的は収入ではなく活動そのものだしね」

「どうしましょう?」

「うーん、全国レベルのことだし、最終的には本部の判断になるけど、萌さんのお兄さん達にお願いすることになるのかな」

「赤帽ですか?」

「うん。まあ、他の運送業の可能性もあるけど、特に地方は車の確保が難しいよね。実際、ウルヴズだってほとんど赤帽が納品してるんだし」

「でも、何とかっていうIT関連の会社が新しいサービスを始めて、急成長してるって、伝さん、あ、萌ちゃんのお兄さんが言ってました」

「正確にはGNの子会社、GNロジスティクスだね」

 八島がキーボードを叩いた。

「物流版ヴェーバーで急成長してる会社だ」

 表示されたニュース一覧を見て、深夜が訊く。

「『自社ではトラックを保有せず、SEO対策でドライバーとユーザーを直接つなぐ』? SEOって何ですか?」

「検索エンジン最適化、って奴だよ。これを工夫すると、検索サイトでの結果が上位に来るから、PV、まあ、閲覧も増え易い。PVは、テレビで言う視聴率みたいなものだから、広告も取りやすくなって収益が上がる。GNロジの社長はHELIXを作った人だからね。その辺のエキスパートだ」

「詳しいんですね?」

「運送業は、ネストとしてもウルヴズとしても無関係じゃないから。それに、曾祖父の会社も、運送業がなければ成り立たない。もっとも、このあたりについては砧の方が詳しいよ。ああ、そういえば、さっき戻る途中、駅の駐車場に砧と呉服が一緒にいた」

「砧さんと呉服さん?」

「うん。配達エリアは被ってるわけじゃないのに、何だろうね?」

 八島が首を傾げ、それから声を少し潜めた。

「ところで、先日教頭が撃たれた件について、ちょっと気になることがあるんだけど」

「はい?」

「あの時、銃声は左の後方から聞こえた。そして、教頭は校長の右後ろで倒れた。本来なら死角になるはずだ」

「あ」

「つまり、銃弾は校長を迂回して教頭に当たった、ということになる」

「わ、私には、例え解錠されていてもそれは無理です」

「うん、わかってる」

 八島が頷いた。

「ガウスでは不可能だ。でも、ファーレンハイトならば?」

「萌ちゃんが?」

「ファーレンハイトは、空気の温度を操作することで矢の軌道を変化させることができる。初速が違うからあそこまで極端に曲げることはできなくても、数度程度ならカーブさせることができるんじゃないかな?」

「でも、萌ちゃんがそんなことするわけありません」

「萌さんは、この件を深夜さんに話した?」

「え?」

「ファーレンハイトは、障害物を迂回する狙撃のために何度も出荷されている。軌道の変化にも詳しいし、我々の中でそれに真っ先に気付いてもいい。いや、気づいているはずだ。そしてそうであれば、何より深夜さんに相談して来るだろう。もし、自分があの件に何ら関係なければ」

「そんな」

「そしてもう一人、砧もこのことに気付いて当然だ。僕でも気付くことだからね」

 八島の言葉に深夜は答えをためらう。八島が続ける。

「だが、会議の場でも砧はそれに触れなかった。〝月〟という存在には言及したけど、それだけだ。それにパスカルなら、音の出所を変えられる」

「え」

「実際には右後方で発射されたのに、気圧を操作することでその音が左の方から聞こえたように偽装できる。これだって、施錠されていてもおそらく可能だ」

「でも」

「もちろん、これらは単なる可能性でしかない。それ以外にも、硬質な音が聴こえたとか、校長のコートは本当に演台に引っ掛けて敗れたのか、など、気になることはたくさんある。それに、銃声の少し前、教頭の教育委員会のバッジのあたりが変に光っていたのも」

「あ、そう言われてみれば」

「もしかしたら、僕らの知らない他の勢力、僕らの知らない他のウルヴズが関与しているかもしれない。テレビに出てきた自称ウルブズの言う〝月の裏側〟が関わっている可能性も」

「自称?」

「あれがウルヴズだという証拠はない。黒い球体の操作なら、いろいろな可能性があるからね」

「そんな」

「それに放送の中で、自称ウルヴズは操作ミスをしたが、あの時」

 八島が呟く。それから深夜を見やると言った。

「いや、これは勘違いかも知れない」

「一体、何が本当で何が嘘なんですか?私は」

 深夜が言いかけた時、扉が開いて萌が帰って来た。

『生物と無生物のあいだ』(福岡伸一)から

「動的平衡」とう概念を提唱されている研究者です。

『生物と無生物のあいだ』では「テセウスの船」について触れていなかったようですが、他の著作では言及があるかもしれません。


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