6. 〝コラテラル〟
「コラテラル」(マイケル・マン監督 2004年のアメリカ映画)から
「野宮の兄貴ってのはどこまで知ってる?」
景清が訊いた。砧が答える。
「大したことはない。ノノ、エマ、それに俺がウルヴズだってことだけだ。それから真昼も」
「大したことはない?大問題だわ。そこから情報が漏れれば、一秒でパンデミックになるのがウルヴズよ」
「お兄ちゃんがそんなに口が軽いっていうの!?」
「そういうことを言ってるんじゃないわ!不安の要素は可能な限り排除するのが重要だってこと。誰も『ウルヴズの正体を知る者は一人もいない』なんて寓話を信じてるわけではないわ」
「でも、呉服サン」
「野宮さんのお兄さんが、というのは問題ではないわ。ただ、例えばネットなんかに上がってしまった情報は急速に増殖し、完全な消去は不可能。現時点でウルヴズの秘密が守られている、少なくともそう見えるのは、『知る』という形での感染を他者に知られたくないという恐怖心から。匿名性が守られるなら情報を流す輩が必ず出て来るのが現在のネット社会よ」
「だからお兄ちゃんがそんなことするわけないじゃん!」
「あの、あの銀行強盗の人の本当の目的もそうだったみたいです」
「え?どういうこと、深夜」
「あの人は、犯人の人は私に銃を突き付けて、自分以外の覆面の人たちを逃がすように要求しました。私が『ウルヴズに人質としての価値はありません』って言ったら、『俺の人質は君じゃない。君以外のここにいる全員だ』って言いました。『この時間帯ならテレビを見ている人も多いから、視聴者も全員だね』って。仲間を逃がさなきゃ、私の毛皮を剥ぐって」
「ど、どうして、どうしてそんな大事なこと黙ってたの?」
「そ、そうだ。それはとても重要な情報だ。なぜ報告しなかった?」
「だって、だって私が殺したんですよ?公式発表では田村警部が射殺した、ってことになってるけど、それは田村警部が私に配慮して下さっただけ。司法解剖した人だって絶対わかってるはず。本当は、私がこの手で、真昼にもらったこの右手で」
「殺したのがエマか田村警部かはどうでもいい。エマを投入した時点で、県警はウルヴズという引き金を引いている。銃弾の責任を追及する奴がいるか?」
「あんた、もっと言い方ないの?」
「重要なのは、主犯の箙司馬という人物の行動は、何らかのプログラムの一要素だってことだ。それが誰かが仕組んだものか、それとも本人によるものかはわからないが」
砧の言葉を遮るように景清が立ち上がり、ドアに向かった。
「景清、どこへ行く?」
八島が声をかけると、景清は振り向かずに「帰る」とだけ答えた。
「景清、まだ会議の途中よ」
「うるせえ」
「景清。景清はこの中で箙司馬について一番詳しい筈だろ?」
砧が言った。景清がドアノブに手をかけたまま立ち止まった。
「てめぇ」
「デンさんが銀行強盗の仲間の接触を受けたってのは本当だ。相手は〝月〟と名乗った」
「は?」
「え?」
「〝月〟って、この間砧先輩が言ってたブログを書いてるっていうアレですか?」
「そうじゃない。『無から生まれた者たち』、箙司馬による月のもう一つの面の方だ」
「キモオタ、てめえ」
景清が砧に詰め寄るが、八島がそれを制して訊く。
「砧。君がなぜそれを知ってる?」
「デンさん本人から聞いた」
「き、砧君まで!」
「デンさんは『機が来るのを待とう』って言ってたからな、その意思を尊重した」
「で、機が来たと?」
「いや別に」
「き、キモオタ!あんた何勝手なこと!」
萌の怒声に電子音が重なった。八島が携帯電話を取り出し、景清の様子を伺いながら開く。
「森?テレビをつけろ?チャンネルは信州放送?」