5. 〝ワルキューレ〟
「ワルキューレ」(ブライアン・シンガー監督 2008年のアメリカ映画)から
「はあ?」
萌が眉を顰める。
「そんな話、誰が信じるかって」
「確かに無理があるよね」
携帯電話をポケットにしまいながら、皆の前でホワイトボードを背に立つ八島が答えた。
「でも世の中、無理のあるニュースなんていくつでも転がってるよ」
「そんなこと言ったって、雨月の全校生徒が見てるんだよ?防弾チョッキ着てたハゲタカが銃で撃たれたところ」
「でも、警察が現場検証した結果、拳銃は今のところ見つかっていないわ」
八島の傍らでノートパソコンを開き、呉服が言う。
「監視カメラにも不審な人物は写っていない。実際、警察が来る前に銃声の方向を確認したけど、犯人の姿も、まだ雪が残っていたのに足跡もない」
「で、問題はこの件をハウルズに書くかどうかだ」
「書いたところでどうせ本部で却下されるでしょ?無駄無駄」
「それはやってみなければわからないわ」
「そんなこと言ったって、真昼と深夜の事件の時だったはねられたじゃん!新聞なんて言っても、しょせん子供のお遊びだとしか思ってないんだよ」
「萌ちゃん、落ち着いて。地方枠は小さいし、紙面の都合もあるから仕方ないよ。それに、一般の新聞とは違うし、扱うのもスクールライフが中心、事件や事故はメインじゃないから」
「んなこと言ったってネストの部員に起きたことなのに」
「そんな、ひどいです」
「年中どこかで誰かが死んでる。記事としての価値があるか否かは別としてな」
「キモオタ!」
「砧君!そういう発言はやめなさい!」
「二年前、俺たちはまだハウルズってものを理解していなかった。俺たちは新聞の記事を書くだけじゃなくて営業もするし、配達もする。配達するのも俺たちってことは、本部が却下した記事を独自に、例えばコピー用紙に印刷して広告と一緒に織り込むこともできるってことだ」
「つまり、それを本部にほのめかして、記事を採用するかどうか判断させることもできる、と」
「配送も自分たちでやるハウルズは、地方単位だと実質検閲不可能な新聞ってことだ」
「じゃ、じゃあ、私、もう一度田村さんにお話を伺って来ます!」
深夜が立ち上がりかけるが、八島が「ちょっと待って」と制する。
「あの様子だと、これ以上何か教えてくれないと思う。今連絡をくれたのも、もうこれ以上首を突っ込むなってことだろうし」
「で、でも」
「まして巴警部補が一緒だと、更にガードが固くなるだろう」
「あたし、あいつ嫌い。建設中に出入りしてたとか、接触があったとか、まるでお兄ちゃんが銀行強盗と関係あるみたいなこと言いやがって」
「いや、デンさんは確かにそれが可能な立場だ」
「ちょっ、キモオタ!あんたほんとにお兄ちゃんまで裏切る気!?」
「俺は別にデンさんの味方じゃない。ただ、デンさんは役に立つ、ってだけで」
「役に立つって言うな!」
「そうですよ、砧さん。いくら何でも失礼です!」
「まあ聞け。確かにデンさんはそれができる立場ではあるが、例えば、数回出入りしていた赤帽程度でも銀行強盗の計画を立てられるなら、毎日入っている職人は強盗し放題だ」
「普通の人がそんなことするわけないじゃん」
「そう。だから、警察がデンさんも捜査の対象にしたのは、ただ出入りしているからじゃなくて、あくまで例の匿名のリークのせいだ」
「でも、誰が?」
「さあ。何らかの形でデンさんを巻き込みたい誰かか。または、デンさんの周囲を巻き込みたい誰かだろ?」
「もしそうなら、なぜ?萌さんのお兄さんを関連づけたとして、誰が、どんな得をするのか?」
「何、八島クン。お兄ちゃんがただ巻き込まれたんじゃないって言いたいの?」
「そういうわけじゃないけれど、こうなったからには、何かの理由があるはずだよね?」