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wO-LVes ~オオカミのいる日本~  作者: 海野遊路
第九章 『月の裏側』
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4. 〝二重らせん〟

「二重らせん」(J・D・ワトソン)から

「あ、ごめん。我々は一旦署に戻るから」

「あ、ありがとうございました」

 一礼する八島と呉服に背を向け、田村が巴を伴って歩き出す。

「どうだった?」

「接触があったことは認めました。基本的には丁寧な対応ですが、何というか、追及しにくくなってしまう雰囲気があって」

「うん、まあ、わかるよ」

 田村がセダンに乗り込みながら笑った。

「嘘がうまいとか下手とかじゃないんだよね。ああいう真面目な人間は。同じ真面目でも、巴とはまた違うタイプだと思うけど」

「私は良くも悪くもあそこまで純朴にはなれません。なれたら警察官を志願しなかったかもしれません」

「それは神様に感謝するところだろうね。いるのかどうかは知らないけど」

「現代の神々は確かにいます」

 助手席に座った巴が鞄からタブレットを取り出した。

「先日お話ししましたように、『月は見ている』は、観察対象のニホンオオカミを日本神話の神々から名付けています。最初に北欧から狩りの教師と母体として譲り受けた二頭がイザナギ、イザナミ。そしてイザナミから生まれた、両親の血を全く引いていない、血縁関係のない三頭がアマテラス、ツクヨミ、スサノオ、というように。しかし、一般に知られる神話では、イザナミはアマテラスたちが生まれる前にカグツチを生んだことが原因で死んでしまいます。いわゆる三貴神は、黄泉の国から逃げ戻ったイザナギが単独で産んだ神々です」

「あの、ギリシア神話と共通するって奴ね」

「ええ。古事記と日本書紀は、記紀神話と並べて語られますが、内容は全く同じではありません。もちろん、対になっている、対応している部分もありますが、片方には記載があり、片方には記載がない事件、神々も見受けられます」

「え?いきなり神話の講義?俺にはやめてね?」

「あ、すみません。私だってそんなに詳しいわけではありませんが。話を戻しまして、有名な黄泉の国の物語は古事記の記述がベースになっています。一方で、今申しあげたように、日本書紀の本文では黄泉の国の記述はありません。補記、または別伝ともいうべき『あるふみ』には古事記と同じような物語がありますが、本文ではあくまで、表記は異なりますが、アマテラスたちはイザナギ、イザナミの子となっています。そう考えると、『月は見ている』は、古事記ではなく日本書紀に沿っている、と考えたほうが自然です。『あるふみ』になぞらえた『ウルヴズカスケード』もありますし」

 車は校門を出て北に向かう。

「事実、『月は見ている』での観察対象のオオカミは、日本書紀本文に登場した神々から名付けられています。名前自体は古事記をベースにしているようですが、これは古事記の名前の方が一般に馴染みが深いからだと思われます。『オオヒルメムチ』より『アマテラス』の方がわかりやすいですし」

「まあ、確かにね。『オオヒルメムチ』なんて名前知らなかったし」

「私も教養課程で日本書紀の授業を一コマ取っていたから何となく覚えていただけです。とにかく、主に日本書紀本文の神々から名を借りている『月は見ている』ですが、比較的最近のいくつかに、古事記にしか登場しない神々の名を冠せられたオオカミの観察記録があります。例えば、二〇一六年一月七日の投稿、『キサカイヒメ、ウムカイヒメ、アマツマラ、タニグク』は、全て古事記のみにしか登場しません。また、二〇一七年六月十六日の、『サシクニ、スセリビメ、アマツマラ、ヤシマジヌミ、タニグク』、これらもやはり古事記のみに登場する神々です。これらを一覧にし、当日の記録を調べると、そのうちのいくつかは県内、又は近隣で起きた事件の日時と重なります。正式な記録はありませんが、皆さんの記憶によると、それらの事件ではウルヴズが使用されたようです」

「巴が最近やたらとウルヴズについて聞いている、と皆が言ってたのは、それか」

「すみません」と巴が目を伏せ、続けた。

「もちろん、古事記のみの神々が登場する日に、記録されるような事件がない場合もあります。ただ、ウルヴズが発注される案件は、警察の扱う事例だけではないようですし、消防、教育、医療などで使用されている可能性もあります。全てではありませんが、いくつかは新聞などの記録とも合致しました」

「すごいな、巴は。箙司馬も、こんな早く解読されるとは思っていなかったんじゃないかな?」

「いいえ、これはそれほど難しい謎かけではありません。おそらく、既にある程度の人たちは気づいていたと思いますし、箙司馬自身、わかる人にはわかるように組み込んでいたかと。ただ、ウルヴズ絡みのため、気づいた人々が公に発言できないだけで」

「あ、そうなの?」

「それから、最終日に不自然なまでに大量の投稿がされていますが、この中にも古事記にしか登場しない神々がいます。例えば、『二〇一八年四月六日十二時三分、オオビコ、ウツシコメ、オオヒヒ、イカガシコメ、ヒコフツオシノマコト、ハニヤスヒメ、タケハニヤスヒコ、サシクニ、フツヌシ』のうち、サシクニはさっきの例の通り古事記のみですが、これは、龍神ルート登山口での銃撃戦があった時間と重なります。また、『二〇一八年四月六日十二時四十七分、ニエモツノコ、イヒカ、イワオシワクノコ、オトウカシ、ミチオミ、キサカイヒメ、タニグク』は、浅麓支店の強盗事件に重なります。既述ですが、キサカイヒメ、タニグクは古事記のみです。もちろん、最終日の記述は、箙司馬ではなくその後継者によるものだと思いますが、言及されているオオカミ全てはそれ以前の観察記録にも登場しますので、決してでたらめではないかと。そして、このような例の投稿で最も重要と思われるのがちょうど二年前のこの投稿です。『二〇一六年四月七日十五時一分、キサカイヒメ、ウムカイヒメ、アマツマラ、タニグク。ウムカイヒメ、カムサリマシキ』。この日を調べたところ、非常に、というか異常に小さな扱いですが、一件の死亡事故がありました。亡くなったのは絵馬真昼。絵馬深夜の双子の弟です」

「巴」

「あ、はい?」

「さっきの少年記者に電話してくれ。名刺をもらった彼に」

「はい。でも、何と?」

「警察発表で『焼却炉でのスプレー缶の暴発』と言う形になるようだ、と」

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