3. 〝閉ざされた森〟
「閉ざされた森」(ジョン・マクティアナン監督 2003年のアメリカ映画)
「え?」
「田村さん!そんなことを中高生に」
「いいんだよ。親族だしすぐにバレるだろ?」
「でも」
「お兄ちゃんそんなに口軽くないけど!」
「うん、わかってる。特殊詐欺を未然に防いでくれた好青年だからね。そんな野宮君だけど、調べたところ、浅麓支店建設の際に何度も搬入作業などで行内に入っている。つまり、銀行内の構造を知ることのできる立場にいる」
「正確には五回です。資材の搬入で三回、ATMの入れ替えで一回、竣工式で一回」
「そんなの仕事だから仕方ないじゃん!てか、大工さんなんかはもっと入ってるじゃん」
「どなたに何をお聞きするかの判断も警察がします」
「あー言えばこー言う。だからあたしは警察が嫌い」
「萌ちゃん!いくら何でも失礼だよ」
「深夜先輩そればっか」
「でも、伝さん、野宮さんがいい人なのは本当です。事故の時だけでなく、何度も助けてもらいました。保護者参観だって、必ず来てくれて。萌ちゃんだけじゃなくて、私や真昼のクラスにも。だから、私たちきょうだいも寂しい思いをあんまりしませんでした。そもそも赤帽を始めたのだって、萌ちゃんや私たちのためだったと思います。時間の都合がつけやすいから、という理由で。私たちにとっても、伝さんは本当のお兄さんみたいな存在なんです」
「でもまあ、どんなにいい人だって犯罪に加担することはあるからな。デンさんだって例外じゃない。田村さん。野宮さんは、今朝、体育館の水道の水漏れがあって、その修理に来てます」
「赤帽ってそんなこともやるんですか?」
「あの人は設備屋出身ですから。あっちで作業してると思います。案内しますよ」
「き、キモオタ!あんたさんざん世話になっておきながらお兄ちゃんを警察に売るのか?」
「人聞き悪いな。俺だって小市民のデンさんがそんな大それたことするとは思ってないよ」
「いちいち嫌味ったらしいんだよ!じゃあ、あたしも行く」
「ノノは来るな。デンさんにとっても邪魔になる」
「デンさん?」
「野宮さんのあだ名です。伝言の伝だからデンさんです」
「そうか。とにかく案内してくれ。巴、頼む。俺は応援が来るまで現場の安全を確保する」
「あ、はい」と巴が頷き、砧の後を追った。
「まあ、というわけで、後で取材には答えるかもしれないが、今は控えてくれるとありがたい」
田村の笑顔に、八島は頷き、その場を離れた。
「見たか?」
「え?景清クン?キモオタみたいに現れないでよ。てか何を?」
萌がのけぞりながら振り返る。景清が呟く。
「銃声の前に、教頭の例のバッジのあたりが光って」
景清が言いかけたが、すぐに「いや、何でもねえ」と口をつぐんで踵を返した。
「景清さん、どちらへ?」
「ネスト」
景清は一言答え、去って行った。その背中を睨みながら萌が呟く。
「何だよ、どいつもこいつも」
それから深夜に向き直った。
「まあいいや。それより、お兄ちゃん大丈夫かな」
「大丈夫だよ、伝さんだもの。萌ちゃんには悪いけど、私にとっても、真昼にとってもお兄さん以上の存在の伝さんだもん」
救急車のサイレンが近づく。
「今度は救急車?こっちもやけに早くね?」
ネストに向かいながら萌が言う。微笑がその方向を向く。深夜が答える。
「どうだろう?道が空いてたのかも。それより、伝さん大丈夫かな?」
「キモオタのやろう。って、あ、戻って来やがった」
「何だ、教室待機じゃないのか?」
「さっき校長先生が『ネストで待機しなさい』っておっしゃって。他の皆さんも向かってるはずです」
「おい、お兄ちゃんどうなったんだよ?」
「今警察が話を聞いてるよ。令状があるわけでもないみたいだし、連行されることはないだろ」
「あの、萌先輩のお兄さんは、銃声には気付かなかったんでしょうか?」
「体育館の中の設備室にいたらしいからな。聴こえなくても不自然じゃないよ」
「何その言い方。微笑も。お兄ちゃんにケチつけるの?」
「あ、別にそういうわけじゃなくて。ただ、真昼先輩と深夜先輩の事故の時は最初に駆け付けたって話ですし、気が付けば真っ先に来るだろうなって思って」
「ま、まあ、そりゃそうだけど」
「それにしても、誰が、何の目的で教頭先生を」
深夜が呟いた。萌が「ああいう性格だし、恨み買ってもおかしくないけどね」と鼻で笑う。
「それは言い過ぎだけど、結局、最初の一発以外何も起きないし」
「鉄砲って見つかったんですか?」
微笑が訊いた。深夜が首を横に振る。
「八島さんと呉服さんも、鑑識課が調べるから、とにかく校庭に近づくなって、田村さんに言われたみたい」
「そんなの大人に任せときゃいんだよ。ハゲタカ撃ってくれたんだから、むしろ何もしなくてもいいかも」
「それなんだよね」
深夜が首を傾げる。
「こんな事件だと、発注があってもおかしくないのに、まだ〝森〟から何も連絡がない」
田村と一陽が話している傍らで八島と呉服が待機しているのが見える。
「言われてみれば」
萌も頷き、砧に怒鳴る。
「おい、キモオタ。こんな時こそ黙ってないで何か言えよ」
「救急車が校舎裏に回った。パトカーのサイレンが聴こえて来た。応援が到着すれば、これから本格的な捜査が始まるだろう」
「そんなの見りゃわかるよ!」
「教頭を排除したいと一番強く思ってるのは誰か、というか、この場合は『何』か、国は良く知っている。二年前に真昼とエマの事故があった場所だしな」
「あ」
「誰も犯行現場に犯人やその仲間を急行させるような間抜けなことはしないだろ。それが俺たちでも同じことだ」
「何?あたしたちが疑われてるってこと?」
「ノノが権力側だったらどう思う?潜入捜査に犯行グループとつるんでる可能性のある捜査官を使うか?」
「そ、それは」
「じゃあもう、微笑たちは呼ばれないってことですか?」
「それはあくまで可能性の一つだ。それに、ミーナの場合、逆に重用される可能性もある。時間経過が小さければ、隠滅された証拠を復旧できるからな」
「そ、そう言えば」
「エミちゃん」
「まあ、とにかくネストに行こう。八島たちもすぐに戻って来るだろ?」
深夜たちが振り返ると、応援のパトカーと入れ替わりに救急車が出て行くのが見えた。田村が応援部隊にあれこれ指示し、八島達に向き直る。校舎の裏から巴が戻って来た。