8. 〝ある歌姫の想い出〟-7
「救急車が出発しようとした時、もう一人の砧君たちの同級生が走ってきた」
十八号をまたぐ信号で停車する。ようやく雪が解け始めた国道を、軽井沢方面から来たバイクが小諸方面に駆け抜けて行く。
「二人を乗せた救急車を見送りながら、怒りとも悲しみともつかない顔をしてたよ。あまり愛想が良くない子だけど、多分、人の痛みや苦しみを強く感じられるタイプのように思う」
『何、景清クン?最強の盾からのご意見とかあるの?』
無言ですれ違う景清に真昼が声をかける。景清が立ち止まり、肩越しに言った。
『喋りすぎだ』
『それは俺たちのことを心配してるの?それとも、俺たち以外?』
真昼が問うが、景清は答えない。歩き出そうとする彼に真昼が更に訊く。
『ねえ、恐怖心がないって、どんな感じ?』
『真昼!やめなさい!』
『てか、そもそも恐れる必要がないってこと?』
景清は無言で歩き出した。その背後に深夜が頭を下げる。
『もう!真昼!景清さん、ホントにすみません』
『マー君、彼も上級生だよね?話はよく分からないけど、最低限の敬意は払おう』
『はーい。デンさんの命令なら、俺、何でも聞いちゃう』
『いや、さっき俺が言ったことまるごと忘れてたよね?』
『あっ、真昼!どさくさに紛れてふざけんな!あたしだってお兄ちゃんの命令なら何でも聞いちゃうし』
『じゃ、デンさん、俺はこれで』
『キモオタ先輩のいかがわしい命令も聞いちゃうよ』
『真昼!いい加減にしなさい!』
『そう言えばデンさん、俺の武勇伝聞く?これ話したら、デンさん、俺に惚れ直しちゃうかも』
『ざけんな!お兄ちゃんはあたしんだからね』
『萌ちゃんも張り合わないで!真昼が調子に乗るから!』
『俺はマー君好きだよ』
『じゃ、真昼はデンさんに返して、俺はこれで』
『まー、キモオタ先輩も聞いてよ。キモいキモオタ先輩なら、これ聞いたら、真昼ぺろぺろ、とか言い出すレベルだよ?』
『悪いが俺は真昼とは別の世界の住人なんで』
『二次元?』
『真昼!』
『まあ、ともかく、この間の白樺湖の林間学校のキャンプで、小ぼうの女の子に会ってね』