6. 〝ある歌姫の想い出〟-5
「俺が救急車を呼んでいる間、砧君は自分のスマホでどこかに電話した。救急車が着いて、二人が担架で運ばれてる途中、ネストの当時の、今もか、副部長の女の子が駆けて来た。彼女はマー君とシンちゃんに並走しながら砧君と何かを話していた。そのうちにシンちゃんの呼吸が少し落ち着いた感じがした」
電話の向こうの一陽が何かを言ったが良く聞こえない。「どうしたの?」と訊き返しながら、駅の手前の路地を右に入る。
「何でもないわ」
一陽が答えた。線路を越える時、ホームの軽井沢寄りの端に、雨月の制服を着た少女が、眼鏡にかかった髪をかき上げているのが一瞬見えた。
『絵馬君、今日締め切りの原稿がまだ提出されてないわ』
呉服が後ろから声をかけた。振り返った伝に小さく会釈する。
『こんにち』
『あー、あれ今回はパス』
真昼が伝を遮って答えた。
『パスって、今更何考えてるの?』
『そんなこと言ったって、満足できるものになってねーもん』
『絵馬君が満足できるかどうかは問題ではないわ。建前とは言えこれは一応仕事なんだから』
『クレアの言う通りだ。大体、中二のお前が満足できるものとか厚かましいわ』
『その分キモオタ先輩に満足させてもらうから』
『砧君も離れなさい!校内で、男同士で、いかがわしい』
『よく見てくれ、クレア。どこからどう見ても真昼が俺に一方的にくっついてきてるだけだろ?』
『へえ』
真昼が砧に絡めた腕を解き、呉服の前に立った。
『呉服サン、それって嫉妬?』
『ばっ、バカなこ』
『それってどっちに対して?俺が取られるのが嫌なの?それとも』
『真昼!すみません、呉服さん。真昼ったら調子に乗りすぎて』
『ねえ、呉服サン。呉服サンは俺たちの中では最強の矛ってことになってるけど』
『突然何を言い出すの?一般の方がいらっしゃる時』
『俺はネストのエリート記者様の話をしてるだけだけど』
『ネストの話?俺はいない方がいいよね。そろそろ仕事に戻らないといけないし』
『もうちょっと待ってよ。デンさん、ネストの大先輩じゃん』
真昼が伝の腕を掴む。伝が『高等部の先輩には敬語を使おうよ』と真昼に小声で言うと、真昼は渋々と頷いた。
『ネストの中でも、呉服サンと八島クンは、全国版のコラムで記事が採用されることが多いですもんね。特に呉服サンのは、他と違って、対象の息の根を止められるレベルだし』
『自分の立ち位置を利用して、必要もないのに他者を攻撃しようというつもりはないわ』
『でも、俺だって、息も絶え絶えにさせるくらいならできますけど。どっちが上ですかね?』
『真昼!こんなところでやめて!伝さんだってお忙しいんだし』
『深夜は黙ってろよ』
真昼が伝の腕を放して呉服に数歩近づいた。
『俺たちが国の保護下でしか活動できないのは、俺たちに力がないからでしょ?十分な力があれば、今よりはるかに自由になれる。違う?』