3. 〝ある歌姫の想い出〟-2
「雨月さんが校長に就任する前、雨月は建て替えと増築工事をしてた。俺はあの日、建築資材の横持ちをやってたんだけど、仕事が終わって、裏に停めた車で帰る準備をしてたら、取り壊し予定の旧校舎ですごい音がした。現場の騒音とは明らかに違うけど、周囲には誰もいない。音のした方を見ると、当時の、雨月さんや俺がいた時のネストの部室の窓から煙が出てる。とにかく何も考えずに走っていったら、部室から炎が上がり、その前の廊下に生徒が二人倒れていた。仰向けになったシンちゃんと、シンちゃんを庇うように覆いかぶさったマー君だった」
突き当りを左折し、駅に向かう。ハンドルを切りながらバックミラーを見ると、花壇の前にしゃがみこみ、手を合わせる少女が映った。
『真昼!』
後方から怒鳴り声が聞こえる。伝と真昼が振り返ると、深夜が眉間にしわを寄せていた。
『何だよ深夜、何怒ったような顔してんだよ』
『怒ったような顔じゃなくて怒ってるの!いい加減にしなさいよ。伝さん困ってるじゃない』
『うるせーな。いいじゃん別に』
『伝さん、いつも真昼がすみません。今日は仕事ですか?』
『うん、新校舎の資材の搬入と作業補助。これからしばらくは雨月に来ることが多くなるよ』
『やったー!俺、毎日愛妻弁当作っちゃおうかな』
『何言ってるの、卵焼きもろくに作れないくせに』
『うるせーなー。愛情さえこもってればなんでも美味しくなるさ。ね、デンさん』
『そうだね、マー君の言う通りだね』
『もう、伝さんも、あんまり真昼を甘やかさないで下さい』
『そうそう、この間シンちゃんが作ってくれたおはぎ、すごく美味しかったよ。ごちそうさま』
『HELIXでもお礼言われましたよ。それに、私も真昼も、感謝してもしきれないくらい、伝さんにはお世話になっていますから』
『俺たちきょうだいこそマー君やシンちゃん達のおかげで楽しい毎日を過ごせてるよ』
『さすがデンさん、わかってるね?やっぱり俺たちは魂の部分でつながってんだね』
『真昼!もう、すみません伝さん。真昼ったら伝さんを本当のお兄さんみたいに思って甘えて』
『そう思ってくれるのは嬉しいよ。もちろん、シンちゃんも』