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wO-LVes ~オオカミのいる日本~  作者: 海野遊路
第八章 『マックスウェルの悪魔』
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2. 〝ある歌姫の想い出〟-1

「ある歌姫の想い出」(W.S.デフリエント)から

ヴィルヘルミーネ・シュレッダー・デフリエントは、ワグナーがその才能を愛したというオペラ歌手です。

「ある歌姫の想い出」は、かつて富士見書房が刊行していた、海外の古典ポルノの翻訳レーベル、「富士見ロマン文庫」のうちの一つです。

「O嬢の物語」や「悪徳の栄え」などの名作を、金子國義や池田満寿夫による表紙で次々と発行するという、その出版の決断と実行自体が芸術作品と呼べる神がかったレーベルでした。


 流れて来る歌を聴きながら、一陽が窓の外に目を向けた。それから卓上のスマートフォンに手を伸ばし、操作する。耳にあてるとほぼ同時に相手の声が聴こえた。

「はい、赤帽モエモエ急便です」

「あ、野宮君。雨月ですけど、今大丈夫?」

「うん、ハンズフリー使ってるから。ちょうど今、雨月の近くで仕事が終わって、簡単な食事をしたところ」

「知ってる。校長室から野宮君の車が見えたから」

「そう」

 車の中の伝と一瞬目が合う。

「あ、少し見えた。どうしたの?この間のモニター、うまく映らない?」

「ううん、おかげさまで、教頭先生の来襲も減ったわ。モニターにつけてくれたカメラ通して教頭先生のお顔を拝まなきゃいけないのがイラつくけど」

「萌たちに影響するからそういうのやめようよ」

「愚痴くらい言わせてよ。女子のそういうの聞けないとモテないよ?」

「どっちにしろモテないけど、あれ、でも、土曜日なのに学校?」

「うん、いろいろとね。来週はもう十五周年記念式典だし」

「そう言えばそうだね。俺も会場の椅子や机の設置で行く予定だけど。で、どうしたの?」

「あ、うん。ちょうど今、動画サイトで私が赴任する前の文化祭の映像見てたんだけど」

「うん、懐かしい歌が後ろで流れてるね」

「聴こえる?」

「うん、」

「ねえ、絵馬真昼君って、男の子なのに、女の子としてアイドルやってたの?」

「ああ。いわゆるローカルアイドルって奴だね。萌と、シンちゃんと」

「確かに、こうして見ると女の子にしか見えないわね」

「歌もうまかったしね」

「うん、声もまるっきり女の子だし、ほんとに上手」

「でしょ? 萌は贔屓目にみてもいまひとつ、シンちゃんは、声はいいと思うんだけど人前に出ること自体あんまり得意じゃないし。その点、マー君は堂々としてるし、生き生きとしてたよ」

「ほんとね」

「なんだかんだで一番人気があったんじゃないかな?」

「でも、妹さんも雑誌のモデルをしてたんでしょ?」

「うん。萌も人前に出るのは好きだったしね。身内だからあんまり言えないけど、立ち姿とかは様になってると思うし、衣装映えもするんだけど、いかんせん歌がね」

「そう」

「それもあって、マー君がセンターだった。萌はいつも『ムカつく』とか言ってたけど、アイドルは歌ってなんぼだからね」

「たった今それ言ってた。でも、面白い子だったんだね」

 一陽が少し笑い、それから言った。

「ねえ、野宮君て、絵馬真昼君の事故現場にかけつけた最初の人なんだよね?」

 もう一度校舎を横目で見る。校庭の花壇が視界に入る。

「その時のこと、少し訊いていい?」

「ただの興味本位だったら答えないよ」

「それは」

 一陽が少し間を置いてから言った。

「それは野宮君が判断して。そして、教えてもいい、って思ってくれたら、教えて」

『デンさん!』

 赤帽車を降りた伝に飛びつく制服姿の少年。

『やあ、マー君』

『へへ、やっぱ俺、デンさんにそう呼ばれるのが一番落ち着く』

 真昼が伝の腕に手を絡める。

『ははは、マー君はいつまでも子供みたいだな』

『デンさんこそ相変わらず鈍いよね』

『俺が鈍いのは今に始まったことじゃないけど、この間のイベント、盛り上がってたみたいだね』

『デンさん来ないんだもん。裏切者』

『仕事で、ごめんね。萌にも怒られた』

『深夜も残念がってた。ああいうの好きじゃないのに、デンさんが来ないとやっぱ物足りないみたい』

『次は絶対行くよ』

『期待、しないで、待ってます』

 真昼がマイクを持つ振りをして歌った。

『相変わらず歌上手いよね。誰の歌?』

『作詞作曲、俺』

『才能あるね』

『ねえねえ、それより、オガム文字だかオーム文字だかの改良版だけど、ちゃんと勉強してる?』

『うん、してるよ』

『じゃあ、これは?』

 真昼が伝の前に回り、片手を開いたり閉じたりした。

『ダ、イ、ス、ウ?俺が特に苦手だった代数、かな』

『違うよ!デンさん!そっちは小指一本だし、親指だって曲げてないし。てか、とぼけてない?』

『何が?』

 真昼が口を尖らせ、そして笑った。

『そういう鈍感なところも、大好き、なんだけどね』

『マックスウェルの悪魔』(都築卓司)から

「マックスウェル」は、ウィキペディアなどによると「マクスウェル」となっていますが、物語中では章題としてお借りした本書の表記に従いました。

「マックスウェルの悪魔」は、実際には数学や物理の高度な知識や理解を必要とする概念のようですが、数々の科学の解説書を書いている都築卓司の良いところは、難しい数式などを極力排して、イメージしやすいように表現することで、「多少はわかったかもしれない」と思わせてくれるところだと思います。


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