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wO-LVes ~オオカミのいる日本~  作者: 海野遊路
第六章 『ツァラトゥストラはかく語りき』
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27. 〝太陽と月に背いて〟ー3

「『転写』だ。便宜上、RNAと呼んでいる」

 それからRNAに「いつも悪いね」と笑顔を向け、肩に手を置き「解錠」と発声する。RNAは無言でうなずき、巴をちらりと見た。巴が怪訝な顔つきでそれを見返す。

「この春からうちに配属された巴警部補。この件を俺と担当している」

「あの、は、初めまして、と言っていいものでしょうか?」

「気にしても始まらない。早速だが」

 田村がアタッシュケースを金属製の事務机の上に置き、ダイヤルに手をかけた。金属音を立て、ケースが開く。一つずつビニール袋に入った拳銃が六丁入っている。

「そのシールに押収日が書いてあります。そちらの五つは先月の密造銃工場襲撃事件。こちらは一昨日の銀行強盗」

 RNAは説明を受けながら一つ目のビニール袋を開き、中身を取り出した。

「指紋は採取済みだ。気にしないで進めてくれていい。記録はこれのメモ帳に」

 田村が胸ポケットからスマートフォンを取り出し、事務机に置いた。それはこちらに背を向け、マスクを少し下ろし、そして拳銃をその口の前へと持って行った。

「弾は入っていませんが。これが味見ですか?」

「ああ。対象の物質を舐めることで、不純物も含めた物質の構成がわかるらしい」

 RNAは一つを置き、スマートフォンの画面を手袋をはめた指で操作する。二、三度それを繰り返すと、次の銃をビニール袋から取り出し、口元に運んだ。

「ソースを舐めるとその素材の種類、含有比率がわかる人がいるというが、そんな感じだ。もちろん、わかるのは味見したことのある物質限定ということだが、少なくとも今まで何度も操作の手がかりを提供してくれているよ」

 RNAが最後の一つを事務机に置いた。

「終わった?やはりすべて同じ出所か?」

 田村の問いに、RNAが頷く。

「巴。もう一度密造銃売買ルートを調べなおしてくれ。RNA、ありがとう。どこか人気のないところまで送ろうか?」

 しかしRNAは首を横に振り、施錠処置を受けると部屋を出た。暗い階段を上がり、廊下を裏口の方へと回ると、背後から声をかけられた。

「すみません。一昨日の銀行強盗の際のウルヴズの方ですか?」

 一瞬歩みを止め、また振り返らずに歩き始めた。声の主が小走りで前に回った。

「主犯と報道された、箙司馬の母です」

 RNAが足を止め、祈を見つめた。

「あなたが、司馬を殺したのですか?」

「ウルヴズに『誰』というような個別の概念はありません。我々はあくまで道具であり、使用の判断も責任もすべて発注主にあります」

「司馬は」

 祈が胸の前で拳を握りしめる。

「司馬は、本当に優秀で、そしてとても優しい子でした。大学には進学せず、ただ、地元とオオカミの住む環境を守るために奔走していました。一方で、病気は司馬から少しずつ記憶を奪っていきました。凡人の私にはわかりませんが、司馬にとって、欠片でも忘れてしまうということは耐えられなかったのかもしれません」

 RNAは無言で彼女を見る。

「数日前、久しぶりに会った司馬が言っていました。『月が生まれた頃は、もっと無邪気に地球の近くで踊っていたはずだ。でも、今は遠く離れ、ただ目を凝らしながら故郷をじっと見つめることしかできなくなっている。月がもう一度動き出すためには、どれくらいの大きさの小惑星が必要なんだろうね』と。そしてそれが、私が司馬と交わした最後の言葉でした」

 その頬を涙が伝う。

「鴻鵠の考えは私にはわかりません。でも私は、ツバメやスズメでもいいから、あの子に生きていて欲しかった。あの子はいつも、『母さんには感謝している』って言ってくれたけど、むしろ、『ありがとう』と言いたいのは私です。司馬が生まれて来てくれて幸せだと言いたかったけれど、でも、言えないまま、一昨日」

 祈は言葉に詰まり、それから嗚咽まみれに言った。

「司馬は許されないことをしてしまいました。怪我をされた方はいらっしゃらなかったとのことですが、多くの方に怖い思いをさせ、世間様をお騒がせして、ご迷惑をおかけして」

 RNAは無言で祈を見る。彼女が視線を上げ、言った。

「あの時のウルヴズの方にお伝えください。司馬を殺して下さって、止めて下さって、ありがとうございます、と」

 そして祈はすすり泣きながら膝から崩れ落ちた。RNAはその横を通り過ぎて裏口の扉に向かう。薄暗い廊下に祈の声が響き渡る。

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