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wO-LVes ~オオカミのいる日本~  作者: 海野遊路
第五章 『人間の条件』
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3. 〝クルーシブル〟

「クルーシブル」(ニコラス・ハイトナー監督 1996年のアメリカ映画)

※原作の小説「るつぼ」は未読です。

 クロノスが後を追うと、ガウスが振り返って言った。

「私は真ん中にあるフレコン、あ、あの肌色の袋、に、できるだけ金属片を集めるから、クロノスはそこの熊手で土をかいて行って」

ガウスが鉄杭の中央あたりにあるコンテナと、その金属製のスタンドを指さした。クロノスが立てかけてある熊手を手にする。

「パスカルは何するんですか?って、あっ?」

 突然の破裂音にクロノスが耳を塞ぐ。

「な、何ですかこれ!?鉄砲?」

「パスカルだよ」

 ガウスが指さす方向に土煙が舞っている。

「さっきの断熱圧縮の逆で、ゆっくり空気を圧縮して、一気に解放する。地面すれすれでやると、放射状に一気に拡散した空気が、比較的軽い砂や塵を吹き飛ばす。ブロワーの代わりかな」

 破裂音が繰り返し響き、土煙が敷地の外へ外へと舞って行った。

「ところで、何で鉄杭が何本も刺してあるんですか?ここまでっていう範囲ですか?」

「もちろん違うよ」

 クロノスが地面にしゃがみこみ、左手のグローブで土をなぞった。細かな金属片がグローブに付着する。その手をフレコンスタンドに向けると、付着した金属片はコンテナの中へと飛んで行った。

「この間オームが説明したように、私のウイルスは、あくまで対象の金属に磁性を持たせるというだけ。Xメンの磁石の人みたいに、手や体から磁性を発して金属を操るなんてことはできない。ただ引き寄せたり反発させたりするだけだって、この左手のグローブみたいに、磁性体の金属が必ず必要になる」

「へえ」

「ただ、私のウイルスは感染可能な距離が長い。基本的には見える範囲なら強弱は別として感染可能だから、鉄杭とフレコンスタンドにウイルスを感染させて、そこで磁場を作って金属片をコンテナに飛ばすの。さっきクロノスのスマホを飛ばしたみたいに」

「へえ、さすがですね」

「あくまでウイルスごとの特性だよ。ネクローシスやクロノスみたいな強力な性質のウイルスは、感染力自体は低い傾向にあるみたい。例えばネクローシスのウイルスは、触れたものや、近くのものにしか作用しない。Kのウイルスは遠くまで届くけど、その分冷却力が落ちる。って言っても、氷を作るくらいなら問題ないみたいだけど」

 そしてガウスは鉄杭でかたどられた円の外側を歩き始めた。杭のそばを通り過ぎる度に、金属製のグローブでそれらに触れる。微かな土煙を伴い、金属片が次々とフレコンに向う。しばらくは空中で急に向きを変えたりしていたが、やがて軌道は安定し、金属片の群れはきれいな弧を描いてコンテナの中に飛び始める。一周する頃には全方向から中心部に向かって赤褐色のるつぼが形成されて行った。

「すごい。こんなこともできるんですね」

「とにかく、自分のウイルスの性質を早く知ることが大事。基本的には、対象の重量、対象までの距離の二乗に反比例するって言われてる。ただ、係数も違うし、ウイルスによっては空気の分子にも反応するから、必ずしもそういう理想形通りではないよ」

「あ、でも、飛んでる量多くないですか?そもそも、杭だけでも全部合わせれば相当な重さですよね?」

「全部の杭に同時にオルヴズを飛ばしているわけではないから。今は時計回りに磁力を与えてる。飛び始めからフレコンに入るまでずっと磁力を持たせてるわけじゃない。どっちかというと、玉入れみたいな感じかな。ある程度軌道を確認出来たら、後は投げて、隣に行って、投げて、の繰り返し。感染させるのは発射するときだけ。もちろん、一番近いところが一番磁力が強くなるけど」

「へー。ん?」

 感嘆を漏らすクロノスが躓き、足元を見た。数センチのプラスチック片が地面から覗いている。「私、ちゃんと役に立てますかね?」と言いながら、かがみこんでそれに手を伸ばした。

「大丈夫だよ」

 ガウスが振り返らずに答える。

「『直す』ってすごいことだから、こういう現場はきっと向いてるよ」

 フレコンが重みでだんだん膨らんでくる。

「一つにあんまりたくさん入れると破けちゃうから、ここからは隣」

 赤褐色の流れが変わり、二つ目のフレコンに向かう。

「まあ、破れちゃったらクロノスに直してもらえばいいと思うけど、鉄くずを入れなおすのは大変だから」

「いたっ!」

「え?」

「痛い痛い痛い!」

「え?」

「ガウス先輩」

 クロノスの泣きそうな声が聞こえた。

「『先輩』はなし。どうしたの?」

 返事がない。ガウスは足を止め、振り返った。

「何か拾ったら、こんなになっちゃいました」

 全身にプラスチックをまとったクロノスが、十数センチのプラスチック片を持った片手を突き出して泣きそうな顔をしていた。

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