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wO-LVes ~オオカミのいる日本~  作者: 海野遊路
第四章 『中世西洋の罪と罰』
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2. 〝コンテイジョン〟

「コンテイジョン」(スティーブン・ソダーバーグ監督 2011年のアメリカ映画)から

「ウルヴズに関しては何か決まりがあるわけじゃないんですか?」

「ない。ウルヴズは生者とは違う世界の存在、此岸にとっていないものだから。存在しないものを規定するような法律はない。ただ、感染に関する法律ならある。オルヴズの感染対象は非生命、ということになっているが、研究や実験の結論ではなく、単なる経験則だ。そしてそれだって例外の噂はある。と言っても、どのような条件で人への感染が起きるのかは、事例が少なすぎてわからない。調査もできない。そこで作られたのが、『ウイルス感染法』と、『病原菌激増防止法』」

 砧がメモ紙に" Virus Infection Law"、そしてその下に" Law against Germ Explosion"と書き記す。そして"V"、"I"、"L"、"L"、"a"、"G"、"E"に下線を引いた。

「二つ合わせて"VILLAGE"、つまり『村』だ」

「何だかよくわかりませんが、その村ってのが、微笑たちに関係のあるたった一つの法律ってことですか?」

「違う。『村』は、ウイルス感染症を避けるための義務を規定した法律だ。『村』を遵守する人たち、村の中にいる人たちを守るためのもので、村の外の存在には言及しない」

「じゃあ、やっぱり微笑たちには関係ないんじゃ」

「直接にはな。『村』には感染経路が解明されている感染症については具体的な対策が書かれているが、その他の未解明の感染症については、『感染のおそれがあるような接触を禁ずる』という程度の記述しかない」

「どんなことが『おそれがある』ってことになるんですか?」

「一般的な道のウイルスの場合は、感染者と物理的に接触することを指す場合が多い。でも、ウルヴズの場合は、情報的接触を含む。

「情報的接触?」

「ウルヴズの情報を知ることだ。年齢、性別、所属、住所、氏名などの個人情報。そしてもちろん、その素顔。これらを知ったら、知った者も感染したとみなされる。言ってみれば。コンピューターウイルスの添付ファイルを捨てずに開いたようなもんだ」

「知ったらどうなるんですか?」

「さっきも言ったように、『村』は、村の中にいる人たちを守るためのものだ。村の外に出た者は守らない。一歩でも踏み出したら、オルヴズを持っていようが持っていまいがウルヴズとみなされる」

「えーと」

「微笑が誰かに自分がウルヴズだってことをばらしたら、その相手もウルヴズになるってこと」

「正確には、『自分がウルヴズだと誰かに伝えたことが公になったら』だな。一般の感染症だって、潜伏したままで医師の診断もなければ、感染に本人が気づかないことだってある。まあ、その時点では発症していないキャリアというところだ。最終感染対象が物質であるオルヴズの場合、ウルヴズはベクターとみなされるから、そこが違うが」

「そうだよ。だから、何があっても、どんなことがあっても、エミちゃんがウルヴズだってことを誰かに言っちゃダメ。もちろん、普段はウイルスを使ってもダメ。聞いたり見たりした人が他の人に更にそれを伝えたら、本当に取り返しのつかないことになっちゃうから」

「今まで隠れてちょこちょこ直してましたけど」

「だめ!絶対!」

「感染症に関して、基本再生産数という考え方がある」

 砧がさっきのメモ帳の下に「R0」と書いた。

「アールゼロ?」

「アールノートと読むらしい。一人の感染者が、周囲の免疫を持たない人に感染させる数だ。インフルエンザなら二から三、風疹で七だか八だか、そのくらいらしい。だが、法律上のオルヴズの感染経路は情報だ。一般のウイルスのような制限は受けない。普通の感染症なら、感染者は免疫システムが働くか、又は死ぬかで、発症状態から解放される。免疫を持った元病人は集団免疫で感染の拡大をブロックすることもある。しかし、誰かがウルヴズだという情報を得てキャリアになったところで、それだけで死ぬことはないし、一方で回復することもない。『忘れる』というのは、最も困難な治療法だ」

「でも、そんなこと言ったらすぐに日本の人口越えちゃいません?」

「日本の人口じゃとどまらない。ハシカの感染性が高いのは空気感染するからだ。だがウルヴズの場合は、感染者と同じ空間にいる必要さえない。北欧だろうが南極だろうが同じこと。ただの情報だからな。電話でもネットでも、テレビでもラジオでもいい。電波に乗せて公に向けて発信すれば世界中に広まる。もちろん、『村』自体は日本の法律だが、ほとんどの国は、『反感染災害協定』、"Anti Contagious Hazard Treaty"、通称アハトを批准している」

「あれ?さっきもアハトとか言ってましたけど?」

「そう。作った奴らは確実にアハト刑を意識している。だからこそinfectionではなくcontasionだが、この場合の『接触』の範囲は広く、さっき言ったように情報的接触、つまり『知る』ことも含む」

「知るって?」

「だから北欧でも南極でも同じこと。状況次第では一瞬で数億人がウルヴズだ。『ついうっかり話してしまった』では済まない。どうした、エマ?」

 砧が見やった先で深夜が椅子から倒れそうになっていた。

「深夜先輩?」

「深夜!」

 萌が立ちあがって深夜を抱きとめた。微笑も駆け寄る。

「微笑ならともかく、何で深夜が。キモオタがべらべらしゃべってキモオタ菌うつしたんじゃ?」

「ノノ、俺は俺への悪意には敏感だ。それは俺への悪口と解釈するぞ」

「そのまんま悪口だよ!」

「いや、ノノ、いいこと言うな。ミーナ、まさにこんな感じ、今のエマみたいに、言葉を聞いただけで感染する、という考え方だ。エマの場合の原因は知らないが」

「だからあんたの」

「あ、ごめんね、萌ちゃん」と深夜が体を自分で支える。

「大丈夫、ちょっとめまいがしただけ」

「ほんとに?」

「うん。で、でも、砧さんて、そういう話がとても上手ですよね。こんな話されたら、いくらおおげさだってわかっていても、エミちゃんも怖くて人になんて話せないもんね」

「微笑、そんなにお口軽くありませんよ」

「まあ、実際のところ、困るのは俺たち自身じゃない。最初からウルヴズとして村の外にいる俺たちの状況が変わることはないから、どうでもいいと言えばどうでもいいか」

「あんたみたいに、自分以外のことはどうでもいい奴ならそうかもしれないけどね、ウルヴズだって大事な人がいる場合もあんだよ。それがウルヴズであろうとなかろうと」

「そうだな。『物質限定のウイルス』なんて特殊なものが見つかってから十数年経っても何一つ解明されないのは、複雑な権利関係や各人の恐怖、それに葛藤があり、ウルヴズを研究するどころか近づくこともできない状況だったからだ」

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