1. 〝信州の狼〟
「信州の狼」(大橋昌人)から
オオカミの遠吠えに警鐘が重なる。火煙に包まれた家屋を、集まった人々が遠巻きに見守る。
突然庭に面した窓ガラスが割れ、炎をまとった人影が飛び出た。低い垣根を飛び越え、歩道に降り立つと同時に爆発音が周囲に響く。火は不自然に消え、両手に赤と青の何かを抱えた少年が現れた。彼は少しずつ歩調を緩め、そして道路の中央まで来ると膝をついた。
周囲の人々が一斉に駆け寄る。ある者は倒れかけた少年を抱きとめ、ある者はペットボトルの水を与えようとする。しかし少年はそれに応じず、無言で腕を差し出し、抱えていたものを見せる。赤と青の産着をまとった二人の赤子。少年がそれぞれの口と鼻を覆っていた右手を、そして左手を開く。救助に当たった人たちが、ほとんど煤を被っていない赤子たちをしっかり受け止める。少年の両手が力なく落ち、正面の男性に倒れこむ。赤い産着の赤子が笑い、青い産着の赤子が大声をあげて泣き始めた。
サイレンの音が少しずつ近づいてくる。
『銃・病原菌・鉄』 ジャレド・ダイアモンド 倉骨彰訳
ピューリッツァー賞を受賞したノンフィクションです。