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wO-LVes ~オオカミのいる日本~  作者: 海野遊路
終章 『ワンダフル・ライフ』
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7. 〝ウイルス・プラネット〟

「ウイルス・プラネット」(カール・ジンマー)から

「はい、赤帽モエモエ急便です」

「あ、野宮君。雨月です。今大丈夫?」

「うん、今東御で引越しが終わったから、萌たちに任せてたしゃくなげ公園祭りに行くところ」

 本線に合流しながらマイク越しに答える。

「どうしても外せない仕事だったから萌と砧君たちに頼んだんだけど、大丈夫かな?園の子たちには、『砧君は捻挫してるから無理させないように』って言っておいたけど。まあ、今日はネストの子たちも手伝いに来てくれてるみたいだし、助かるけどね。あ、それから、今さっき道の駅で、雨月さんの記者会見見たよ」

「そう。じゃ、その後のGNロジのニュースも?」

「うん。優秀な人みたいだけど、残念だよね」

「あまり家族のことを話さない人だったけど、彼の名前は、彼のお母さま、道成寺圓博士が、日本神話のクエビコからお付けになったっておっしゃってた。世界を見通せるような人になってほしい、と言う願いを込めたって」

「そう」

「彼はそうなった。今回は逆にそれを利用されてしまったようだけど、でも、彼ならすぐに立ち上がるわ。その強さも財力もあるし。もちろん、お姉さまの八重子さんも」

「そうだね、きっと」

「それに、多分この会話も、直接的か間接的かわからないけど、どこかで聞いているはず。そしてこれまでの経緯も」

「そうなの?」

「久延毘古だから。絵馬さんたちが救出された時の動画を探し出し、アップロードしたのも彼だと思う。彼の情報網は、私たちの想像を超えているから。でも、彼の目と耳を完全に遮断できたのが、オオカミの住む浅間山麓の森だった。そして箙さんや教頭先生は、見えるところと見えないところをうまく使って自分たちの計画を進めた」

 一陽がフフフと笑った。

「これも皮肉よね。ウルヴズを生み出した、少なくともそう言われ、保護されているオオカミたちが、今度はウルヴズを保護という名の檻から守ったんだから」

 伝が畑の向こうの森を見やる。

「それも又、人間の勝手な押し付けだよ」

 伝が畑の向こうの森を見やる。

「オオカミたちが守っているのはオオカミたち自身だ。自分たちと、自分が住む場所を守るために戦う。その結果がどうか、なんて考えない。牙や爪じゃない。他者のことなど構わず、今を必死に生きる意志こそ、オオカミたちの本当の武器だよ。」

一陽は答えない。

「だから、雨月さんも守って。自分と、自分がいる場所を。それが萌やシンちゃんたちを守ることになるから」

「でもね、そのために全てを博士に押し付ける形にして、私はまるで、生徒たちの自由のために戦う戦士みたいな振りをして。自分や自分の居場所を守るためとは言え、、結局は博士をスケープゴートにしただけなのかも」

「教頭先生は教頭先生で守ったんだよ。自分と、自分の住んでいた場所を」

 遺跡の前を通過する。

「そして、後を継いで守ってくれると信じた人に託したんだよ。ご自身の、息子さんの、そしてオルフェウスに関わり、後悔しているすべての人たちの気持ちを。いや、『託す』というのは違うか。託す、というと、相手の意思を無視して押し付けるみたいだからね。教頭先生は捧げたんだよ、雨月さんに。片膝をついて花を渡すように。だから、それを受け取るかどうかは雨月さんの自由だ」

「片膝をついて差し出した花を『要らない』なんて言えるわけないじゃない。野宮君は私をそんな女だって思ってるの?」

「俺たち運送屋だって、荷物によっては断るんだ。差し出されたものを雨月さんが無条件に受け取らなきゃならないなんておかしいよね」

「それって」

「でも、これだけは言える。捧げられた、ということは、それにふさわしいとみなされたんだよ。これから受け取ろうというものも、これまで受け取ったものも、すべて」

 トンネルに差し掛かる。

「妹さんが野宮君を慕う理由が少しわかる気がする。それに、絵馬さんも、亡くなった真昼君も。他のみんなも。あの砧君でさえ」

 伝の声はトンネルの轟音でかき消された。一陽がふと問い掛ける。

「あ、そうそう。留守番電話に入ってた『相談』って、何?」

「ああ、そういえば何だっけ」と伝が笑う。

「萌のことかな?シンちゃんのことかな?まあ、またそのうちに思い出すよ」

「そう」

 春の日差しが差し込む校長室で、一陽が答えた。

「じゃあ、何か相談があったら、いつでも電話してくれていいよ」

「ありがとう、そうさせてもらうよ」

 じゃあね、と言って彼女は電話を切った。そしてマウスに手を伸ばし、クリックする。

「あの時」

 パソコンの画面上でムービーソフトが起動し、壁を背にして床に倒れた安宅が映し出される。

「先生にモニターを向ける前に、録画をスタートさせていたんです。あくまで、先生の罪を少しでも証拠として残すためでしたが」

 荒い息をしながら笑顔を浮かべる安宅が、カメラに背を向けた一陽を見つめている。

「だって、何から何まで先生の手のひらの上なんて、悔しいもの」

 一陽が画面の中の安宅に頬笑みかける。

「いつか先生の秘密を暴露して差し上げます。先生が、いかに息子さんを大切に思い、そして子供たちの未来を真摯に見つめていらっしゃったかを」

 笑う一陽の頬を涙が伝う。

「だから、それまで、もうしばらくはこのままゆっくりお休みください。檜垣博士。いいえ、嫌われ者の、ハゲタカ教頭先生」

 背後のレースのカーテンがふわりと舞い上がり、うなだれた一陽の肩にそっと降りた。モニターの中の安宅が語り掛ける。

『生命を畏れ、敬い、そして愛するウイルス。そんなウイルスのベクター(運び屋)である彼らが、命をないがしろにするはずなど、ないではありませんか?』

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