5. 〝ガラスのうさぎ〟
「ガラスのうさぎ」(高木敏子)から
祈は答えず、視線を落とした。景清が空を見上げる。花びらが通りの反対側の病院の方へと飛んでいく。窓の向こう、上半身を起こした微笑の前でくるくると舞った。病室の扉が開き、深夜が入室する。
「エミちゃん」
ベッドのそばの丸椅子に腰かけ、微笑に語り掛ける。
「起き上がれるようになって良かった」
微笑が無言でこちらを向く。深夜はその手に左手を添え、自分の右目の眉のあたりに導く。
「ほら、真昼の目だよ」
それから自分の右手に寄せる。
「真昼の右手」
そして制服のスカートの上から自分の膝に触れさせる。
「真昼の右足だよ」
「いいえ、深夜先輩の足です。深夜先輩の手で、深夜先輩の目です」
「エミちゃん」
「真昼先輩が確かに生きてる、目と、手と、足です」
「エミちゃん」
深夜の声が震えた。
「泣いちゃダメです」
俯く深夜の肩に微笑が手を添える。
「涙が出ないことが、真昼先輩の生きた、生きてる証なら、深夜先輩は泣いちゃだめです。これからもずっと」
「エミちゃん?」
「微笑がきっと、深夜先輩の心の中も癒してあげます。傷を負う前の笑顔が戻るように、ゆっくりかもしれないけど、必ず。だって微笑は、甦る貴婦人ですから」
「うん、うん」
深夜が俯いたまま頷く。
「私、泣かないよ。泣かない」
部屋のカーテンが揺れる。
「泣かないで、真昼の分も歩いていくよ。真昼がくれた目で見て、真昼がくれた手で壁を壊して、真昼がくれた足で立って」