6. 〝それでも夜は明ける〟
「それでも夜は明ける」(スティーヴ・マックイーン監督 2013年のアメリカ映画)から
荷台との仕切り窓が開き、伝が振り返った。
「全員無事か?」
「うん、一応」
「オオカミは?」
「もう追って来てないみたい。それより、微笑が重傷だよ」
「シンちゃん、水無瀬さんは?」
「止血してますけど、血がにじんで止まりません。呼吸が荒くて、顔色が」
「とにかく傷口を圧迫するかして血を止めて。砧君」
「だめっすね」と砧が電話を耳から離しながら答えた。
「この地域の救急車は皆、さっきの事件で出払っていて最低でも一時間かかると」
「背に腹は代えられない。このまま病院に向かおう。ええと、部長君?そこのホルダーのスマホの『病院』のカテゴリーにこの地域一帯の病院の電話番号が登録してある。ケータイも同期してるから、砧君と手分けして受け入れ可能なところを探してくれ」
「わかりました」
八島がスマートフォンを取り、小窓から砧に渡す。二人が手分けして電話をかけ始めた。
「サンラインに出るまでに東に行くか西か決めなきゃならない。十分程しかないから急いで」
「あの時、既に回線はつながっていたのね?」
呉服の問い掛けに、耳に電話を当てた砧が顔を上げる。
「あれだけで助けに来てくれると思うほど、砧君は野宮さんのお兄さんを信頼してるの?」
「違うよ、こいつはお兄ちゃんを利用してるんだよ」
つながった電話の先に受け入れの可否を訊き始めた砧に代わり、萌が言った。
「まあ、最後の切り札でお兄ちゃんてのは、キモオタにしては上出来だけど」
「ごめんなさい。傷口、冷やしてるんでしょ?私では凍傷になってしまうから」
「お兄ちゃんに借りたタオルを冷やしてるだけだし、呉服サンはあたしを助けてくれたよ。毛皮を溶かし始めた塩酸を、あたしの毛皮ごと凍らせて、浸透を防いでくれた」
「そもそもそれは」
「恨みっこなしだよ。呉服サンの弱みも握ったし」
「見つかりました!東部市民病院は受け入れ可能だそうです」
「そうか、ありがとう。あそこなら知ってる先生もいる。早ければ後二十分くらいと伝えて」
八島が通話口から手を離し、時間と容態の情報を詳しく説明すると電話を切った。
伝が「もうすぐサンラインだ」と言う
「夜間は感応式だから、すぐに青になると思うけど。あ、ちょうど青になった。運がいいな」
八島が一瞬砧を振り返る。車は右折し、小諸方面に向かう。
「でも、お兄ちゃん。スコラ御代田のあの事件の後だよ。来る前に田村が言ってたけど、あっちこっちで検問してるって。あたしたちが乗ってれば定員オーバーで捕まるよね」
「それなら問題ない」と砧が手を自分の背中に回した。
「全員フードを被れ。毛皮を着てりゃ、俺たちは荷物だ」
「おい!キモオタ!」
萌が小声で砧に肘打ちしながら景清や呉服の顔を見た。
「気にするな。ウイルスの検証をされるわけじゃない。ウルヴズの格好してりゃ、中身がどうあれ皆ウルヴズ扱いだ」
「それはだめだ」と伝が遮る。
「いろいろな事情があるだろうし、言いたくなければ君たちについてあれこれ訊かない。でも、どんな理由があっても、友達を救おうと頑張っている、救いたいと強く願っている君たちは、今、人間だし、俺が言うのも今更だが、そんな君たちに、人間じゃない振りをさせることはできないよ」
「お兄ちゃん」
「伝さん」
萌が頬を染め、深夜が頬笑む。視線を落とした呉服を八島が見やる。
「まーたデンさんはそういう下らないことを」と砧がフードを戻しながら言った。「まあ、いいですけどね。減点されるのも罰金取られるのも俺じゃないし」
「うわ、最低。ほんと、あんたとお兄ちゃんが同じ人間だとは思えない」
「萌、それは違うぞ。砧君はみんなが気にしないようにわざと言ってくれてるんだよ」
「違うよお兄ちゃん、キモオタは純粋に最低な奴なんだよ、何度も言ってるけど」
「それに俺だって職業ドライバーだ。事故はもちろん、減点や罰金は怖いよ。でも、検問で捕まえてくれれば、逆に水無瀬さんを緊急車両で連れて行ってくれるかもしれない。その方が早く病院に着くだろうし」
「もう、お兄ちゃんは」
萌が呟いた。
「ま、でも、だから大好きなんだけど」